政治の理想ってなんだろうか?

「「だって、私は善かれと思って」と云えばすべては許されてしまう、許されてると思っている。私の経験からしても、人を傷つけたり、裏切ったりしても、一番平然としているのが、「いい人」たちです。
 それに対して悪人というのは、世界の複雑さを前提に生きています。善をなすにも、悪をなすにも、この世は容易ではないことを知悉している」(福田和也「悪の対話術」)

政治の問題が分かりにくいのは2

この国では「理想」といえば、なんでも許されると思ってる風潮がある。
曰く「理想のない政治は最低だ!」
確かに、それはそうだ。
しかし、その高邁な理想のために
ヨーロッパの(宗教戦争)歴史も、ヒトラーも、ソ連も、そして、織田信長も、大日本帝国も……
ひとびとが、血で血を洗う争いを繰り広げたきたことも事実である。
現代政治は、高邁な理想という天上(神)的な独断的価値に走ることなく、人間同士が力を尽くして、その土俵を設定しようということなのである。
理想-天上主義の反省の上に立ってる。

もしいまの政治に理想があるとしたら、
それは天上的な理想ではなく、みんなの(地べたの)幸福(たがいに加算できること)が理想なのである。

ところがどうも日本人は、問題解決に当って、いまでも、あらかじめ論ずる前に(天上的…(お天道様主義みたいな))事の正邪を決めていて、ものごとを考えたふりをする典型的思考(思考停止)習慣があるから、簡単に理想主義者になる(簡単になれるということは(簡単な思考停止だから)、逆にも容赦なく寝返れるということ。敗戦後の日本人を見れば分かるだろう。神州皇軍不敗から急転直下、ハンセンヘイワになった)。
しかも、政治や社会の問題というと、これにAC的な思春期的全能感が加わっているひとがどうも多い。
自分とは、ほとんど関係もない問題に舞い上がり、身勝手な理屈(わがまま)を、政治や社会(自民党やコイズミや民営化や政権交代や……)他に、投影してるだけのようなものを…理想、理想といってるだけだったりする。要するに天上(天皇(神))が自分になっただけである。

まなざしの快楽 - なぜ「思春期セカイ系」なのか。
なかなかおもしろいので一読あれかし。

まぁ内田樹なら
「『自分の外にある悪と闘う』という話型よってしか正義を考想できない人間たち」「おのれは無垢である」と信じたい独善的(思春期的)ナルシズム。


「この世に善人ほど鼻持ちならない、無神経で退屈な人間がいるでしょうか」(福田和也「悪の対話術」12頁)
「善人という種族は、自分で自分がいい人だと思っている」( 12頁)
然り。
つまり
「自分で自分がいい人だと思っていない善人はいない」

「善意というのは、自己肯定のためのアリバイなのですね。善人であることによって、ひとはこのきわめて錯綜した世界において、自分を完全に守ってくれる便利な言い訳なのです」(pp.12-3)
「自分を善良だと思い込みたいだけのために、善良であるふりをする人たちが、少なからず存在するものです。というよりも、世の善良な人々、自分が善良だと思い込んでいる人たちは、そのほとんどが、別に善良でもなんでもなく、ただ自意識を甘やかしたいがために善良であるにすぎないのです。そしてそのときに、自分が善意と信じ込んでいるものを、無思慮に放出して、それが他人に迷惑をかけたり、あるいは拒まれたりすると、おおげさに傷ついて見せたりするのですから、始末に負えません。」(同書(福田))
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by qsso | 2005-09-21 18:45 | 哲学ノート | Comments(1)
Commented by lipxlap at 2005-09-22 00:15
こんばんは。TBさせてもらいました。
日本はほんとに幸せな国ですよね。
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