「はじめての言語ゲーム」橋爪大三郎

「『論考』の主張を、もう一度思い出してみよう。
 世界の言語は、一対一対応している。そして、それは独我論をいみする。……こういう主張だった。
 これは「世界は、言語があるようにあり、言語は、世界があるようにある」、ということだ。そしてそれは、「私はここに一人いる」ことで保証されている。
 これは、私が、神のような存在であることを意味している。」橋爪大三郎「はじめての言語ゲーム」

やっぱり、そういう解説になるのかなぁ??…
ちなみにワシはウィトゲンシュタインがどう考えたのか詳しいことは知らないし、
ていうか、橋爪さんの解説に意見が言いたいわけではない(そんなことできるわけないし)…

ただ、ワシが考えるに
「私はここに一人いる」ことで
「世界は、言語があるようにあり、言語は、世界があるようにある」は保証されはしないし、むしろ、言語によって「私はここに一人いる」ことが保証されているんじゃないかなぁ…まして神のような存在なんか1ミリも意味していない。
 そういう保証された後なら神のような存在になれるかもしれない?…

 ちなみに本書は、ワシのような一般人でも、たいへんためにもなる刺激的な本です。

はじめての言語ゲーム (講談社現代新書)

橋爪大三郎 / 講談社


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by qsso | 2016-05-15 17:38 | 哲学ノート | Comments(0)
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