上田閑照「私とは何か」

私とは何か (岩波新書 新赤版 (664))

上田 閑照/岩波書店

undefined


「「私」と言うこと自体、はじめからすでに問題的である。」(36頁)

「私」が外から開けられたものであるのは確実であるが(147頁)
そしてその私が、すでにして世界なのであるから
問題もくそもない
世界内存在とは 存在(観念)内世界であり、
私はまるごと形而上学ということである。
そして、
私=世界以外のいかなる仕方でも世界(私)は現前していない

そういう意味で「私ー世界」はムカシから言われるように夢のようなものである。
もっと具体的に言えば「私ー世界」は「催眠」のようなものであり、それは死にゆく(キレゆく)まで決して醒めることがない夢。
「私から出て、私に還る」(37頁)
そういうことでいえば
私はどこにもいけないし…どこへも帰らない
そのような行って帰られるような唯識界のようなものはどこにもない
消え去るだけの虚点(光源)である

以下面白かった章
「私と汝」
ブーバーをリードにして西田、レヴィナス
「私」の文化論としても面白かった。

「無我ということ」
仏教の無我、西田、鈴木の自己とコギトと対比
いずれも文化論的意味あいが強かったように思う

[PR]
by qsso | 2016-10-23 18:09 | つれづれ | Comments(0)
名前
URL
画像認証
削除用パスワード