あなたはニヒリストか?

(生きる意味、生きている価値とは何か?)

ニヒリズム……

ニーチェとかで、よく使われるコトバ。
「神が死んだ」
というわけだ。

そういう意味で言えば
はじめから神(キリスト…)なんていない日本、および日本人は、
すでにしてニヒリストだということになる……
いやいや、
日本だって
神道だって、
ホトケだってあるじゃないかというひとがいるが
現世は、なにもかも空だ!と説いたブッダは、ニヒリズムの極致だし、
「触らぬ神祟り無し」、「捨てる神あれば……」の八百万の神なんて、なんでもあり anything goes……(殺戮、近親相姦……)、
なかなかポモ的!
ファンキーな神だ!

それにしても
天皇(カミ)だって人間宣言する日本人からすると
なぜ、西洋人が神が死んだくらいで、ニヒリストだとかと云って、
大騒ぎするのか
わからない???(日本だったら、さっさと黄泉の国に行って連れて帰ってくる)
ま、いろんな事情があるだろうし、
多くは知らないが
ごく雑ぱくに云ってしまえば、
生きる意義(意味)とか価値とかを(それを究極的な価値と考えている人もいる)
西洋では、神(キリスト等)を、リファーして
決めてきたから?
神=評価基準……
換言すれば、
神が死んだ→評価する価値基準が無くなった
つまり
生きる意義(意味)や価値は死んだ
生きる意義(意味)や価値がなくなった(なんでもあり-ニヒリズム状態)
ということでしょうか?

じゃ神(キリスト等)のいなかった日本じゃ~
生きる意義(意味)や価値はなかったのでしょうか?
あるいは、日本人は、そういうことは問わずにきたのでしょうか?
たしかに日本には神(キリスト等)はいなかったし、
日本の神や仏は、ベタなニヒリストだったけど…
そのかわりといっちゃなんだけど、日本には「世間」というものが存在する。
日本人の生きる意義(意味)や価値は、
キリスト教社会などの神のように、人間離れした形而上学的愛は説かないけれども、
世間で、どういうふうに評価されるか、
あるいは、
仲間内に、どういうふうに思われるか、
生きる意義(意味)や価値は、人と「人」の「間(関係)」で決まる。
世間で決まる
世間が決める
実在論(プラト二ズム)に対し反実在論
娑婆界(世間)の掟は娑婆界(世間)で……ということ
日本には、神はいないけど、世間がある。
だから、「世間をお騒がせした」といって自殺していく人たちがいる。
日本人がオタク的なのも、そのせいだと、ボクは思っています。

生きる意義(意味)や価値は、人と「人」の「間」で決まるとすると
ひとまず神は要りません。
神がいないから、そういうことでいうと、
日本人は、生きる意義(意味)や価値を失い、みんなニヒリストになってないといけない……
しかし、ぜんぜんそんなことはない。
世間があって、ヒトがいて、仲間がいて、その中で
生きる意義(意味)や価値も「ないことはない」…。
当たり前ですが、
神(キリスト……)の国(信じている人)からみると
そんなもんが生きる意義(意味)や価値にはなるはずがありません。
彼らが求めているのは、絶対(超越)的な、それであって、「ないことはない」ようなものではないからです。
だから、不思議のクニ「ニッポン」というひともいるわけですが、
結局、それは「日本人の大半はキリスト教徒でない」ということだけでしょう。
もっと換言すれば
キリスト教徒でない=ニヒリスト
もっといえば
神を信じてない=ニヒリストでしかなく、
そんな(超越的)立場(立ち位置)からすれば、
どんな現代社会もニヒリズムが蔓延しているといえる。
まったく勝手な言い草なんですねぇ?
(一方的に高みからものを云ってるだけなんです……日本のインテリ青年のよう)
だから、
「ニヒリズムだ!」と云われたら
「あっそう!
 それがどうした
 神がひとり死んだぐらいで
 おたおたすんなよ」
という程度のことではないでしょうか?。



ところで
生きる意義(意味)や価値を問う時って、どういう時でしょうか?
会社に行って仕事しているとき、
あるいは野球をして打球を追いかけているとき、
リズムに合わせてダンスをしているとき、
ギター弾きながら唄を唄うとき
大好きな彼女とSEXしているとき、
ウンコ(我を忘れるほどの見事な一本グソを)しているとき
……
そんなとき、生きる意義(意味)や価値を問いかけながら、やっているひとは、むしろまれでしょう?。
なんでも
思想史家によると「いかに生きるべきか」という問いが、人々につよく意識されるようになったのは、
職業選択の自由というものを契機としているらしいですが。
つまり、人間に、ある程度、余裕が出てきてからなんですねぇ。
「何かを考える」ということ自体そうかもしれません……。
そう考えると、
日本の場合、
生きる意義(意味)や価値を問う枠組自体が神の国(西洋)から輸入(転移)されたものだという可能性もあるとすると、
やっぱり、それは、我を忘れるほどの見事な一本グソ(ウンコ)やSEXをすることに比べれば、
一つの余裕、オマケみたいなもん(「分離したジツゾン」レヴィナス)だといえないこともない。
ウンコやSEXをしたあとに(功利(実用)的な反省によって)、
見出されたオマケみたいなものでしかないかもしれません。

西洋(キリスト教)では、真理というものは、いつも隠れている(潜在的)という一種の信仰&伝統のようなものがあるそうですが…(隠れたる真理)
大切なものが、目に見えない遠いところにあるものなのか、
それとも、逆に
どこにでも見つけることができるものなのか?
ボクは
神じゃないから分かりませんが、
日本的な感覚からすると、それは、
どこにでも見つけることができるもの
のようです……
はたして…どこにあるのか…???

note……

神なき世界を生きていく……ために
日本人の生き方も……、ひとつの生き方であるように思われますが、
日本の「世間」も、
たやすく形而上(超越)的、天上化され(つまり、神になってしまう(前述した、それがために自殺していくひととか(あるいはそれに追い込む大衆とか)))
ファシズム(全体)化してしまう傾向があります……


もちろん、西洋でも
(絶対主義者による血で血を洗う宗教戦争のあげく)
神なき世界を生きていく……ために
いろんな試みがなされてきた訳で
それがときに、共産主義による革命だったり、資本主義だったり、自由主義だったり……
したわけですが……
ま、それらを総じていえば、
nation(「民族」-国民国家)による民主主義政治(近代国家)というものが(宗教(絶対)的権威(魔術)からの解放)一つの解答だったと思えます。
そう考えると、西洋は、いまのところ、ひとまず
絶対的立ち位置と、相対的立ち位置を混淆するという形を採っているといえそうな気がします……

・コジェーブが云ったように
世界はだんだん日本(的スノビズム(世間))化へ……してるかも…わかんないけど( ^∀^)ゲラゲラ

・文中の「西洋」なる言葉で一括りにするのは無理があるが…いちいち限定するのはめんどーなので…斟酌くだされたし

鉄鼠 : 対米追随を批判している皆さんへ……ニーチェのニヒリズムとは(コメント欄を参照)…

鉄鼠 : 雨宮民雄 「複雑系の科学と現実」(「現代思想 vol.25-13」青土社)
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by qsso | 2006-11-25 19:29 | 哲学ノート | Comments(6)
Commented by ぱんだ at 2007-06-04 19:46 x
はじめまして、ぱんだといいます☆
確かに、日本的ニヒリズム(?)というのは感じますね。
ともかくニーチェの言葉って何か、魅力というか魔力というか
何かを感じます。
ニーチェつながちでTBもさせてもらいましたので、
よろしくお願いします♪
Commented by ばーか at 2012-09-15 05:50 x
お前、自分の書き込み面白いとか思ってる?糞つまらんよ?
Commented by aho at 2012-09-24 18:13 x
という糞つまらんコメでした(笑)
Commented by aho2 at 2012-09-24 18:16 x
反感だけで人格が成立してるようなばーかは市ね
Commented by aho3 at 2012-09-24 18:40 x
世間では↑のようなバーカを煽って、いい気分にさせて、金儲けする方法を考え出したヤツが…一番エロイヤツってことなってるから
そういうバーカでも、いっぱしに生きている日本ってすごいなぁ(^_^)/~ミンシュシュギにカンシャ
ミルは根本から間違ってた…(笑)でオk
Commented by gonzui at 2012-09-24 19:30 x
バーカは日本人か?
「すさまじき」の意味もしらんのか?
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