ルサンチマンの本質

a0009919_73541.jpgは、否定から価値転換を生みだすものです。
ニーチェの道徳批判は有名ですが、
彼が世俗道徳を、批判したのも、
それがルサンチマンの最たるものだったからです。
特にニーチェが注目するのは、
道徳的に「良い」とされるものです。
彼は、道徳的に「良い」とされるほとんどのものが、人間の「生-快」を抑圧することに注目します。
考えてみれば分かるように、道徳的に良いとされているほとんどのものは、我慢して順番を待ったり、欲しいのに譲ったりすることです。
「道徳」とは、こういう嘘のことだ。
「道徳的に「良い」ことをして、気分がいい」なんて倒錯も甚だしい、欺瞞的な人間だ。
と喝破するわけです。
もちろん、こういう嘘も社会には、なくてはならない「聖なる嘘」であることを、ニーチェは認めます。

しかし、なぜ「キリスト教」道徳は人間の「生-快」を抑圧するのでしょう?
ニーチェに言わせれば、それは当然でした。
キリスト教は、そもそも弱者がイエスという敗者(死者)を崇めて作ったものであり、必然的に強い者に対する嫉妬とルサンチマンでしかないのです。
キリスト教的道徳は、それを巧妙に隠すための価値転換だと、ニーチェは見るわけです。
ほんとは弱者も強者以上に勝ちを収めたいくせに、まるで、ボクたちはそんなものとは関係ないんだ、欲しくはないんだとして
平然と負け続ける、譲り続けることによって、勝ちを収めるための復讐だと見るわけです。
敗者イエス=良い
弱者=良い
つまり、「弱い」が「良い」、「負」けるが「勝」ち、「弱い」が「強い」……
はっきりいってデカダンですネ。
ニーチェは、このような道徳で塗り込められた道徳的人間が必然的に「生」を抑圧し、弱めるようなことを賞揚したことを、歴史的事実をあげて、指摘していき、
社会主義や民主主義も、その最たるものとして挙げています。
ニーチェからみれば、民主主義は、何の基礎づけもないひとつの奴隷道徳であり、
弱者が数をたのんで専横する、強者に対する復讐でしかないと見るわけです。

ニーチェが批判したのは、キリスト教的道徳ということで
「ここは日本だ!
 キリストなんかカンケーあっか!」
と思われるかもしれませんが、民主主義が深く定着した、いま、無関係とは言えないかもしれません。

というより、残念ながら、こういう僧侶的価値転換は、近代社会では、どこにでも起こりうることです。
そこがこのニーチェの洞察(ルサンチマン)のすごいところなんです。
たとえば、私たちにとって身近な人たちの中でも、学校の先生たちなんかも、その僧侶的価値転換者の代表として上げられます。
だいたいセンセ達の話型は、いままでの価値観を否定して、それに替わって新たな(学問的)価値を賞揚することを勧めるわけですから……
たとえば、一昔前の先生達は、あからさまに、生徒達の村落共同体の伝統的価値は否定して、それに替わって近代的な(学問的)価値を賞揚することを勧めて価値転換を促したように……

このことを、哲学の本なんかでは、サワーグレープ(酸っぱいブドウ(狐と葡萄))の童話を使ってよく説明します。
いろんな解釈が成り立つでしょうけど、
永井均さんなんかは、
狐(僧侶(牧師)-弱者)の中に「甘いものを食べない生き方こそがよい生き方だ」といった、自己を正当化するための転倒した価値意識が生れたとき、狐ははじめて、ニーチェが問題にする意味でルサンチマンに陥った」(16頁)としています(前述した「道徳」を思い出して下さい)。
それでも「狐には価値を創り出すことなどできないのです。できたとしても、それでは個人的な意味しかありません。」
そうではなく、「普遍的に存在する価値」評価はそのまま利用して、土俵(価値全体のゲシュタルト)を「作り替えて勝利をかすめ取る」
前述したデカダン(頽落)形式……
弱いが強い 負けるが勝ち……
ここで注目して欲しいのは、「狐には価値を創り出すことなどできない」ということです。
狐は、土俵を作り替えるといっても、土俵そのものを壊しては元も子もない。
自己満足では狐は満足しない。復讐は成立しないのです。
普遍的に存在する価値評価をそっくり、そのままいただかなければ、「甘い葡萄を食べている者に対する完璧に有効な復讐」にならないのです(25頁)。
(「良い」:「悪い」の)土俵は、そのままにして、「良い」「悪い」の記述的意味を、そっくりそのまま逆に書き換える。
これほどの反転価値ではないにしろ、そうやって考えると、ガッコのセンセから政治家センセ、評論家センセ、芸能人……はすべて僧侶的な側面を持っているといえます。

忘れないで欲しいのは、最初に言ったように、この主役は、すでに社会的強者になったものだけではないことです。
この思想の主役は、あくまで弱者-奴隷です。
私たちのような一般市民なのです。
イエスの信者達が
「平然と負け続けることによって、相手に勝とう」としたように……
例えば、
自分の穏健さや、弱さに訴えかけて、国家や組織に勝とうとする
ハンガーストライキや、いまでいう平和、社会、平等運動なども……
そのような(「生」をわざと弱めてみせる)ルサンチマンを読みとることが可能ですし……
また、価値観の多様化の時代、相手に(知識や技術、身体……)敵わないとみるやいなや、その土俵そのものが無効であるかのようにして(無関心を装って)勝とうとしたりするもの(体験主義者や教訓主義者の多くもこの範疇に)まで、数限りなくあるのです。

東洋の宗教の「悟り」も、そういう観点から見ると、かなりあやしいです。
禅やタオにさえ、ふんだんにルサンチマンが見えてきます。
それを「権力への意志だ」なんていうと難しい方になりますが
早い話が……
みんな勝ちたいんです。
ていうか
そういう観点から見ると、ルサンチマンは、だれにでもあるんです。
ドゥルーズがいうように
「ルサンチマンを持たない者は人間ですらない」。

とにかく、ニーチェは
どんな弱いヤツも
「みんな勝ちたい!」「欲しい」
ということを暴露した。
この発見は偉大だと思います。

(清らかな道徳の上にこそ、どす黒いルサンチマンが……)

ニーチェを受け入れるものにとって、
ルサンチマンとは受け止めるしかないものなんです。

ニーチェにとって、このような弱いヤツらの復讐意志が、
人間の本来の「生」を弱めていることが、なにより根本の問題なんです。
だからこそ、ニーチェは、
キリスト教的な弱々しい道徳(嘘)を捨て、
ギリシア的な奔放な勝利の「生」に目ざめ…………
自分を「生=悦」、「強さ=良さ(悦び)」を、まっすぐに肯定して
「ルサンチマンから解放された?」「超人」へと到れというわけです……

ただ、ルサンチマンを、あんまり実体的というか、固定的に見ない方がいい。
ルサンチマン理論自体が、(真の?)弱者の虚偽意識ですらあるのだから。
そこらへんをぬかすとまずいです。
「ルサンチマンから解放された?」「超人」も、
白痴のチョージン「テーコク・シンミン(ハイル・ヤーパン、ユーバー・アレス!)」に容易くドリフトします。

民主主義社会で強者が弱者であったように……
弱者も時として強者である……
ニーチェのルサンチマン・パースペクティブは、
かえる・へび・なめくじ
ラクダ・獅子・子ども
グー・チョキ・パー
三竦みの様に、強者・弱者は、どんどん反転して
いくところに類い希なる洞察=ミソがあるんです。

だからこそ、この(「みんな勝ちたいんだ!」)洞察は、抜きがたいものなんです。

彼は、ソクラテスの中にもルサンチマンを見つけて
糾弾していましたが、
結局、アリストクラシー(貴族制)へと上っていく反民主主義のニーチェは
ある意味、現代に甦ったソクラテスなんです。

まぁ三分間クッキングみたいな
「ルサンチマン」でしたが……
色々、突っ込んでいただけると幸いです。

永井均「ルサンチマンの哲学」
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by qsso | 2004-06-22 07:36 | 哲学ノート | Comments(18)
Commented by nyuma at 2004-06-22 17:01 x
いつも楽しく読ませてもらってます。

ルサンチマンっていうと、磁石から出てる磁場を連想します。
磁場ってどこから出てるかなーと思って元を辿ってっても、
発生源なんてなくて、ただ電流とかの回りをうず状にぐるぐる
巻いた場ができてるだけらしいです。
本尊(発生源)なんてなくてただ相対的な場の強弱が宇宙にえんえんと続いていると。(笑)
ルサンチマンもそんな感じかなと思います。(あんまり想像したくない感じですが。)
Commented by qsso at 2004-06-22 17:26
> 本尊(発生源)なんてなくてただ相対的な場の強弱が宇宙にえんえ
> んと続いていると。(笑)ルサンチマンもそんな感じかなと思いま
> す。

同感です。

> (あんまり想像したくない感じですが。)

まったくですネェ
Commented by hajime_kuri at 2004-06-22 19:52
もてない、根暗、禿げ
といった三重苦の俺は、やはり「もてる」「陽気」「ふさふさ」なやつらに対してルサンチマンを抱えている。
で、それが創作のエネルギーになってたりする(笑)
Commented by budapest at 2004-06-23 01:17 x
「ルサンチマンを持たない者は人間ですらない」
ニーチェの思想は、われわれ人間には実現不可能なものである点、
そこが僕にとってすごく魅力的です。

ドゥルーズは思考、思索を素潜りに例えて、中には浮かんでこないやつもいる、と言っていたような気がしますが、思考は本来それほどに怖いものなのでしょうね。彼自身も最期は浮かんでくることが出来なくなってしまったのかもしれないですし。
Commented by qsso at 2004-06-23 05:35
hajime_kuri さん
コメント
どもです

> もてない、根暗、禿げ
> といった三重苦の俺は、

小谷野敦的ですねぇ~(笑)

ボクも狭小、ネクラ、……
ルサンチマンだらけだから
こういう意地悪な考えを次から次へと考えてしまうんだと
思います。

「オレのタイヨーよ早くのぼってきてくれ~」
                ブッチー
Commented by qsso at 2004-06-23 05:55
budapest さん
コメントども
有り難うございます。

> そこが僕にとってすごく魅力的です。

超人バロムワンですよねぇ(笑)

まぁでも、そんなに遠くないかもヨ
キミの行く道は……超人の道~(笑)

ドゥルーズもニーチェにかなり影響を受けていますねぇ
はっきりいって、ボクは彼のニーチェ論を読むまで、ニーチェを誤解していた。
彼自身は、フッサールやポンティが批判した自然的態度-上空飛行的態度(誤解を恐れずにいうと科学的態度全般)を、逆手にとって地で行ったところは、なかなか粋なオッサンだと思います(ベルグソンと似てる)。
そういうところが超科学なんでしょうか?
ホントの科学性というものに目ざめよ!
「ホントの科学性」というのが超人の思想なんですよねぇ~
「人間のカガク」を「ホントの科学」によって乗り越えよ

まぁ言ってることは派手ですが
やっぱり西洋の伝統的な思考形式のような気も……
Commented by qsso at 2004-06-23 06:01
ルサンチマンについて

ちなみに小泉義之なんかは、
デカルトとともに、運命を甘受し
「運命よりも自己を征服する」
「世界の秩序よりも自己の欲望を変える」
「必然をもって徳となす」
運命(愛)のコペルニクス展開へと……
かけのぼる……amor fati
Commented by qsso at 2004-06-23 06:06
みなさん、コメントホントに有り難うございました。
これからも、どんどん言いたい放題、ツッコミお願いします。
Commented by qsso at 2004-06-23 18:49
これは
あくまでニーチェを受け入れるものにとって、そうだ!
ということなので……
そういうひとにとっては、そうとしか思えないだけなんですねぇ~
だから、そういうひとにとって、
ニーチェの思想は、実現可能か、どうかじゃなくて、
すでに現実化しているとも思うんですが……
Commented by qsso at 2004-06-24 06:36
でも、こういうハナシにムカッとくるひとほど
考えて欲しいものではある(オレもそうだったから)。
そういう反感意志にこそルサンチマンの……
Commented by 兄弟、北朝鮮の散々たるなかで at 2013-09-23 22:31 x
 ルサンチマン大国ってどこ?ってなると、私は韓国になってしまう。ひがみ発信度=ルサンチマン度とすると、ルサンチマン大国の決定指標である、たかじん係数=(ルサンチマン度)/(国家規模)になるからだ。
 日本国に対する屈辱発言を同盟国内で最大限に駆使するこの国には自国の信念でなく国際力学だけを利用する、真の意味での人間性喪失国家になりつつある。
Commented by ルサンチマン大国? at 2013-09-27 10:41 x
ていうかいまの世界高度資本主義は、
そういう世界中のみなさまがたの(負け組)コンプレックス-ルサンチマンによって(快・不快をばら撒きつつ)豪快にドライブしていってるわけで…
おブンガク、オ芸術はいうに及ばず、ファッション&コスメ、ハゲ薬、水虫薬、インポ、芸スポネタ、…果ては政治・ジャーナリズム、権力…
巷には、あらゆるコンプレックス商品が溢れかえる…
逆に言えば、自分のコンプレックス-ルサンチマン(オバカなのもブサイクなのもチビなのもハゲなのも…あらゆる身体&知的障害なのも…)を…売り物にできたら勝ち組認定フラグ(笑)
そーいう世界?
Commented by エリザベート at 2013-10-04 18:19 x
「おめールサンチマンだろ?」というルサンチマンタロウ
Commented by 子供好き at 2014-12-15 11:06 x
親が子供の為ならたくさん「良いもの」を与えたい
と思う気持ちも、ルサンチマンになるのですかね
人間だけではなく動物も、同じ感情を持っていると思いますが、果たしてどうなんでしょうかね

性善説と性悪説は、結構深刻な問題ですね
Commented by qsso at 2014-12-16 06:47
もともとヒトは性悪でも性善でもないと思う…
Commented by qsso at 2014-12-16 06:52
ルサンチマンだったらどうなんですか?…
Commented by qsso at 2014-12-16 06:58
が道徳は性悪かもしれない
Commented by ○○ at 2015-07-28 19:55 x
 私は韓国人で留学中ですが、日本人の友人は優しいです。しかし朴大統領の日本に対する振る舞いは極めて不快です。
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