厳しさの原体験

「厳しさってなんのことだか……分かるわけがない。
言葉の意味ってのは、結局、経験だから……。
「き・び・し・さ」という言葉の意味を理解するってのは
最初は「そう(原体験)」やってしか分かんない……」
ということになると
言葉の意味が原体験の質感のようなものだとすると……
原体験の強弱によって、言葉の意味もかなりヴァラエティーに富んだテンションになりそう?。
例えば、言葉(たとえば社会のルールなど)に対する従い方のテンションが違ったりするのも、たぶん、そのせいだと思える。

だとすると、
強い制裁(暴力)を受けて「厳しさ」という言葉の意味を掴んだヒトは、
些細な制裁では、厳しさを感じないかもしれない。
逆に、
弱い制裁だけで「厳しさ」という言葉の意味を体得したヒトは、
些細な制裁(前者からすれば、ほとんど制裁といえないようなもの)でも「厳しさ」を感じてしまうことになる。

ほかにも
社会の厳しさとは些細な制裁でしかないと感じた人は、
社会のルールを軽んずる傾向があるかもしれない。
逆に
社会の厳しさを強い制裁と感じた人は、
社会のルールを重んじるひとになる傾向があるかもしれない。
そして、この中から、きわめて少数派だが、逆にそれを打ち破ろうとするひとも出て来るかもしれない。

林道義「父性の復権」
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by qsso | 2007-07-14 19:09 | つれづれ | Comments(0)
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