民衆を100%信用していない民主主義

マスコミが、「民の声」「民意」「民意」……と
金科玉条のごとく煽り、
それから一ミリでも反することは国民への裏切りだと言わんばかり
国会議員も平身低頭
「有権者の声を国政に」「民意を反映する内閣」……

国会議員は、たしかに民意の反映として選ばれる。
だからといって、支持選挙民の民意を、かならずしも反映する必要はない。
だいたいただの代弁者に過ぎないなら、
今の時代、国民の全員(ネット&電話)投票(直接制)にすればいいのである。

そうしないのは直接制に、ある種の問題があるからだろう。

欧米の民主主義はギリシアの民主主義を祖としていることはよく知られている。
しかし、ギリシア民主主義は、いわゆる原始的な直接制民主主義で、
有能な者を次から次に追放した…いわゆるオストラシズム(陶片追放)→衆愚政治化を招いた(ちなみにナチス・ドイツの直接制回帰は有名)。
しかも、ソクラテスの弁明が、それに…つまり民主主義に対する徹底的な反論であったことなど、ほとんどしられていない(それどころか哲学の徒ですら、それをわざとぼかすために単独者めいた議論をするひとがいるぐらい…だからタチが悪い)。
ソクラテスの主張は、ただ一点、
「なぜ、多数派は正しいのか?」
だから、その弟子のプラトンは彼の衣鉢を継いで(?)哲人(賢者による少数派の)政治を説いたわけである…
しかし、賢者も民衆(多数派)も
人間であるかぎり、誤りうるわけで
100%信用はできない。
それで、折衷して、代議(間接)制を採用しているわけで…(むろん折衷したからって100%信用できるわけではないけど…)
賢者と民衆の両方の意見を折衷して、悪いところを補おうというものだろう。
つまり、国会議員を賢者と見なすならば、単なる国民の代弁者(民意の反映)であってはならず、
賢者的判断(国民(民意)と国家(全体利益)のバランス)こそが求められると思う…
米大統領なんかのあり方(権限など)なんか、そういうもんだと思う…
[PR]
by qsso | 2009-09-21 10:34 | つれづれ | Comments(0)
名前
URL
画像認証
削除用パスワード