政治家の仕事

巨大な官僚機構(これは決して官僚の数の多さのことではない)を、いわば巨大な処理系…つまり自由と民主主義の巨大なプログラムによって動いていると考えてみる…。

このプログラムは、前回言ったように「透徹された理論」ではないから、
現実には思いもかけないエラーが起こる。たとえば、役人がフトコロを肥やしたり、汚染米を喰わされたり、たくさんの失業者が出たり…
そのつどユーザ(である国民)からバグ(エラー)報告が出るだろう。
だからといって、その度に、巨大なプログラムが一から書き換えられるようなことはない。巨大なプログラムの部分を修正して整合させていく。
これだけ巨大化、複雑化してくると、よっぽどのことがないかぎり、システム(プログラム)全体が一から書き換えられることはないだろう。
この点では、科学理論とまったく同じだと思える。
学問の根本的考え方は保守主義。学問(理論)には本当の意味での革命はない。

国家-官僚機構を
ひとつのプログラム理論と考えれば、
政治家はいわば、バグ受付係か、報告係でしかないように思える。

前回も書いたが、目標がはっきりしているならば、
「透徹された理論(プログラム)」さえあればいいように思う……
が…ワシラ人間が、ホントは何を目標に理論やプラン(プログラム)を作ったらいいのか…さっぱりわかっていない
ていうか、この先、どういう目標にすべきかについては専門的な知識が成り立たないように思う。
実際、その手の専門家もいないことはないけど(ホソキさんとか…)…
ていうか、それは多分イエスとかブッダの領域…
そこまでは人間には分からないので、「とりあえず」、みんなでどういう目標にすべきかを決めるために、政治家が必要なのだろうか?
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by qsso | 2009-10-07 19:15 | つれづれ | Comments(0)
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