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(創作童話?(笑))

 人に訊ねればヒカルの住んでいる村は、山また山のそのまた山のふもとにあり、人里離れた寂しいところ……
アスファルトの道路もなければ、信号もない、華やかな商店もない、なんにもない村でしたが、誰もが信じあえる幸福な村でした。

 ヒカルは、そんな村が大好きでした。

ヒカルは、物心ついたときにはすでに、村の山々をわたり歩いていましたから、村のことならほとんどなんでも知っていました。
年寄りでさえ、山深い獣道はヒカルに聞くほどの物知りでした。

 ヒカルの生まれた家は、貧しい村のなかでも、さらに貧しい家でした。
 小さく痩せて9歳になるのに、5歳ぐらいの体格しかありませんでした。
 着ているものといえば、いつもボロボロの継ぎ接ぎだらけの上衣、それと、半ズボンらしきもの。たいていいつも裸足で、山でも川でも走り回り。靴を履いているときでも、おじいさんのおさがりの汚い長靴。歩けば、まるで長靴が不格好に歩いているようでした。
この村の春夏秋冬、山々が見事な色の変化を遂げていってもヒカルのいでたちは変わることはありません。
ヒカルのあまりの汚さに、さすがに村人たちのなかには「かんじんさん(物乞い)のごたる」と云うひともいましたが、たいはんのひとは、ヒカルを不憫に思っていたようでした。
ヒカルには母親がいませんでした。5年前、突然にいなくなってしまったのです。
それでも、家族や村人の前では、寂しそうな顔ひとつせず、母親のことなど何も気にもかけていないようでした。

それというのも、
ヒカルには大好きなおネエちゃんがいたのです。
学校から帰ってくると、すぐにおネエちゃんのお家に遊びにゆきました。
みよネエちゃんは、ヒカルよりも5才も年上でしたが、ヒカルとよく遊んでくれるおネエちゃんでした。
みよネエちゃんの家は、庄屋さんで、ヒカルの家では見ることもないお菓子やおもちゃが沢山ありました。
でもヒカルが好きなのは、そんなものではなくて、みよネエちゃんに本を読んでもらうことでした。
ヒカルの家には、本はおろか母親さえいませんので、そうやって読んでもらうことが、なにより楽しかったのかもしれません。もちろん、ヒカルは人一倍好奇心の強い子でしたので、時々、みよネエちゃんを質問責めにして、しばしば困らせてしまいました。
ヒカルは、みよネエちゃんに本を読んでもらうことも好きでしたが、山で遊ぶことも大好きです。
青々とした空を、くっきりと分ける人の頭の形をした緑の山々や、猫の足の裏のような紺碧の湖、手足の長いお喋り好きな樹々たち、いつも楽しそうな名演奏家の鳥や虫たち・・、
ヒカルは、そんな自分の仲間達を、みよネエちゃんに見せてあげたいと思うようになりました。
しかし、家の人は、きたなく貧しいヒカルのことをホントは嫌っていたのでしょうか??
「みよネエちゃんは学校の勉強が忙しいから」といって、
ヒカルと一緒に山へ行くことを許してくれませんでした。
そんなときでも、ヒカルは聞き分けのない子供じゃありません。
諦めて一人でさっさと山に登りました。

 そんなある日、ヒカルは学校から帰って、いつものようにみよネエちゃんの家に遊びに行きました。
 ところが、家の人が、こわい目つきで玄関に出てくるなり
「みよはねぇ、これから学校の勉強が忙しかけんがら遊べんとよ、
 いっときこんでねえ(しばらく来ないでねぇ)!」
 と厳しく一喝したかと思うと、戸を強く閉める音がしました。
なにがなんだか分からないヒカルは大きな玄関先でひとり残されていました。
 ヒカルはもちろんこんなことぐらいでめそめそ泣いているような子じゃありません。お母さんが小さい頃からいなかったせいか、ひと一倍我慢強い子供でした。それどころか、少々悪知恵が働くせいか、今度は裏庭から侵入して、みよネエちゃんの部屋に忍び込もうとしましたが、その計画はことごとく失敗に終わり、途中で家の人に何度となく見つかって叱られ、ヒカルのお父さんが、家にまで呼ばれて叱られたこともありました。

 しかし、そうこうするうちに、月日は流れて、みよネエちゃんとも会えなくなって、もう一度同じ季節が経巡ってきました。ヒカルもしだいしだいにみよネエちゃんのことが気にならなくなってきていました。もしかしたら、忘れるように心がけていたのかもしれません。

 ところが、そんなある日。
 ヒカルが学校から家に帰ると、みよネエちゃんの家の人が来ていて、ヒカルを見つけるなり、
「おお、ヒカル、まっとった。
 おネエちゃんがどうしてもお前に会いたいゆうとるけん、
 悪かばってんなあ
 今から、ちょっとうちにこんかあ」
思いもかけない申し出に、ヒカルは小麦色の小さな顔で満面に笑みうかべながら
「はい!」
と答えました。

 みよネエちゃんは部屋で寝ていました。ネエちゃんはまだ病気らしくて、顔が見違えるように真っ白で、髪までが少し脱色したみたいに赤く、弱々しい感じでした。それでも、ヒカルを見るとすごく嬉しそうに表情が緩んで元気になったみたいでした。
「ヒカル!。元気だった!。まいにち、山にのぼっているんだってね?」
 そう切り出したみよネエちゃんは、ほんとうに元気でした。
「うん。おネエちゃんもはようようなって、こんだは一緒にいこう」
「そうねぇ。今度こそ絶対に行かなくちゃぁねぇ」
 それから、ヒカルは、まめ狸やウリ坊(猪)に山奥でばったり出くわして、一目散に逃げたことや、果物を採ろうとして木から落ちた話など、尽きることのない冒険譚をはじめました。みよネエちゃんは終始嬉しそうにそれに相槌を打って笑いました。どういうわけか家の人も和やかな表情を浮かべて楽しそうでした。
 なかでも、ヒカルは山桃が大好きで、いかに山桃がおいしいか、どのくらい山の仲間達に人気のあるのか等々、ヒカルの山桃の話は尽きません。
「いいわねぇ。わたしも山桃が食べたいわ」
 と思わず、みよネエちゃんも食べたくなってしまったようでした。
 ヒカルが帰る際にも、みよネエちゃんは、すごく真剣な顔で
「ヤマモモ……食べたい、、、、」
すると、
「みよ!、もう山桃の時期はとうに過ぎとっとよう。
わからんこつば云うもんじゃなかよぉ」
と家の人は、みよネエちゃんをたしなめました。
「ヤマモモ?」
ヒカルは、少し困った顔をしました。
山桃の実の時期は少し過ぎていました。
しかし……
「女王の湖」
「女王の湖」……まで行けば
ひょっとしたら……
あるかも……
知れないと思ったヒカルは
「うん。わかった。まかせとってねぇ。
ぜったい、とってくるけん」
ヒカルは、思い詰めたように答えました。
「ヒカル、気にせんでよかよ!。
こんな時期に、山桃なんかあるもんかい」
ヒカルは、すでにかたく決心していました。
女王の湖は、この山村の一番奥にある湖です。
道が険しく、村人さえ、めったに近づけない湖です。

次の日の朝、ヒカルは早く起きました。
空はまだ真っ暗で、晴れているのかどうかわかりませんでした。
「女王の湖」までは大人の足でも、丸一日かかり、野宿しなければなりません。
ヒカルの決心はかわっていませんでした。
暗い山道を谷から谷へ、山から山へと、どんどん山の奥へと向かいました。
途中、山桃の木がありましたが、やっぱり、ほとんどの山桃の実は落ちてしまっていました。それでも、ヒカルはまったく諦める気配はありません。獣道を長靴でどんどん進んで行きます。
「女王の湖」までは、まだ険しく長い道のりが続きます。
空はうすく白んできましたが、しだいにネズミ色の絵の具が水に溶けてゆくように雲がたれ込めて、気がつくとあたりはまた真っ暗になって、大粒の雨がザーザーと容赦なく降り注いできました。
大きなイカズチ(雷)が何度となく、暗くなった空に妖しくキラッと光ったかと思うと、むこう山の大きな木に地も貫くほどの勢いで落ちました。
 ドカーン。バリバリバリバリバリバリッ。
まるで夜の嵐です。
ヒカルはすっかりずぶ濡れになっていました。
冷たい雨に、ヒカルの小さなカラダはすっかり冷たくなっていました。
それでも、ヒカルにまったく怯む気配はありません。
雨でぬかるんだ道に何度も足を取られたり、崖から落ちたり、寸前のところで土砂崩れに巻き込まれそうになったりしながらも、どんどん、突き進んでいきました。
何時間たった頃でしょうか?
嘘のように雨が上がって、ふとヒカルが空を見上げると、絹で拭いたような綺麗な青い空がのぞいて、鮮やかな虹の終点が女王の湖の方角にかかっていました。
いつもだったら、そこで虹の美しさに何時間も見とれているヒカルでしたが、いまは、そんな余裕はありません。
ヒカルは足をすすめました。
そして、とうとう村の山の終点、「女王の湖」に着きました。
村の言い伝えでは、そこは昔、魔法使いの女王が棲んでいたと言われる湖で、この湖の水より澄んだ心の持ち主には願い事を叶えてくれるという伝説の湖でした。
ヒカルは、山桃の木を探しました。
ありません。
どの山桃の木も実を付けているものはありませんでした。
ヒカルはひどく落胆しました。
湖の畔で座り込み……
途方に暮れているうちに、
疲れていたのか眠りこんでしまいました。
久しぶりに見た夢は
母親の夢でした。
泣いているヒカルに
にっこり微笑んでいました。

どのくらい眠った頃でしょうか。
ヒカルはゆっくりと目を覚ましました。
ヒカルは目を疑いました。
なぜなら、目の前には、
大きな山桃の木が一杯の実をたわわに実らせていたのです。

あたりはもう暗くなってきていました。
ヒカルは、そそくさと山桃を袋一杯摘めると、
湖に深々とお辞儀をしました。
見ると、鏡のように静かでなだらかな湖面に月が落ちていました。

ヒカルは山を降りていきました。

山は、すでに
すっぽりと闇に包まれていました。
生き生きと輝いていた緑の樹々や花の色はまったく失われて、
ヒカルは、まるで「闇」という別の世界に通じている暗い穴の中を歩いているような気がしました。
枝や蔦や根っこが、まるで化け物の手足のように延びてきて、ヒカルの足にまつわりつき、行く手を阻みました。
ヒカルは勇気をふりしぼり、その蔦や枝を引きちぎりながら進みました。
手も足ももう血だらけでした。
しかも、そうするうちに帰る方角が、わからなくなってしまいました。
ヒカルは、生まれて初めて山で迷いました。
いつのまにか山桃の袋は破れ、手のひらに三つ握られているだけでした。
もうダメだ!
おもわず、闇の中で、うずくまってしまいました。
恐くて、寒くて、お腹空いて、動けない……
そのとき、木立のなかから……ゆらゆらと一匹のホタルが……
ヒカルは、なぜか、それに導かれるように、
歩き出しはじめました。
しかし、闇のトンネルは長く続きました。
ヒカルは、もう泣きながら……走りました。
見失わないようにホタルだけを見ていました。
そしてホタルが目の前でフイと満点の星空に消えたかと思うと、
突然、村全体が見渡せる高台に出ていました。
村の家々の点在する灯りのなかに、みよネエちゃんの家の灯りもありました。村までは、まだだいぶありましたが、ここまでくればもう大丈夫です。
「おネエちゃん、待っとってねぇ!」

傷だらけのヒカルが、みよネエちゃんの家の前に着いたとき、
家の前では何ごとか村の人たちが行列を作って並んでいました。
ヒカルはなにがなんだか分からず、
「ごめんください、みよネエちゃんはいますか?」
 と玄関先で、叫んでみました。
その声で、ヒカルの存在に気づいた村の人たちの誰かが、家の人たちに取り次いでくれました。
「ヒカル
どこばほっつき歩いとったか
さがしとったばい
 こんな泥だけになって、
 山でん遊んどったんか
 よかね、よーく聞けよ。
 みよネエちゃんは、今日、お昼頃、天国に行かはったよ。」
あまりの突然のことで、ヒカルには、家の人の云うことが、しばらく、わけがわかりませんでした。
ただ、奥でみよネエちゃんの家の人たちの泣き声が聞こえたとき、ヒカルはなにごとかを、さとって、ぐっと家の人を顔をにらみかえしました。
ヒカルは「これっ」と小さく呟いたかと思うと、傷だらけになった黒く細い手に握ってきた山桃を家の人に手渡し、玄関先を勢いよく飛び出していきました。
ヒカルの目には涙がいっぱい溢れていました。
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東京経済株式会社 社員ブログ: ナガリ書店~老舗書店閉店

とうとうナガリまで……

ワシが、はじめて
思想書(サルトルの「存在と無」)というものを買ったのが
当時、「電車」通りにあった小倉魚町の金榮堂だった。

当時、ワシは、新聞配達していて、
そのバイト代を貰った、その足で、よく本屋に向かった。

a0009919_6284214.jpg赤い路面電車を降りると、
駆け足で店に。
いまの大書店と比べるべくもないが、
細長い店内、急な階段、
ジャングルみたいに所狭しと置かれた本の多さ、
質(地方で細々とやっている同人誌類を扱っていた)は、ミカン山と田圃だけの田舎から出てきたばかりの当時のワシには驚きだった。

それにしても、
なぜ、そんな本を買ったのか?
いまもって、謎だが……
なんとなく、自分を、もっと立派な人間だと思いたい気持ちからだったと思う。
そんな本を手に持っているだけで、
まわりとは違う!
ワシは立派だ!……と思えた。
十代、チューソツの新聞配達員
なんか、そんな証しが自分に欲しかったのだと思う(内面にこだわったのは、外面(クルマやフク、カネなど)にこだわることが、当時のワシには経済的、現実的に困難だったからだろう~弱者ってのは、そういうとき、道徳(別の)ゲームを持ち出して勝とうとする)
さすがに、内容は、
チューソツの貧乏人には、さっぱり分からなかった。
分からなかったが、
ワシは、バイト代で、毎月、何冊かの思想書や文学書を買った。

それから、ほどなくして、
ワシは新聞配達のバイトも、なあんか、かったるくなって、やめて。
色々よからぬ仕事を転々とし、
住所不定の(日本国中を)居候生活をしているうちに……
その本たちは散逸してしまった。
結局、分からずじまいで、
いまにいたっている……(笑)


金榮堂、1997年閉店
うそつき村があったとさ。 金榮堂書店
小倉金栄堂の迷子2003
第3回書皮大賞
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日本一をめざせ!(長崎県 )


いまはなき、「デンシャ」
西鉄北九州線2
西鉄 北九州線 写真
惜別 西鉄北九州線
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ばあちゃん子は三文安

恥ずかしいハナシ、母親がいなかったボクは、
小さい頃、典型的なおばあちゃん子だった。

山や川、寺、どこへ行くのも一緒だった。

ある日、祖母と連れだって、墓参りに行くことになった。
当時、墓は”ヤマミチ”というだんな寺にあった。
だから、その日も寺にいくものとばかり思っていたが、
祖母は、いつもと違う道を、山のほうへと、どんどん分け入っていった……
……どこに行くとも知らぬまま、ついていくと、
ぐっと奥まって山陰になっている暗い谷の方へ……
ふだんは「マムシがいるから気をつけろ」とか、「イノシシがいるから近づくな」とか言われているところだった。
祖母の腰は、恐竜のように見事に曲がっていたが、
驚くほど軽快に山を登った。
二時間は歩いただろうか、小さく暗い谷へ出た。
山肌にシダや苔が生い茂っていた。
しかし、あきらかに人の手が加えられたような小さな段差があって、
それをどんどん上へ登って行くと、小さな棚地のようなところに出た。
どくだみやふき、つる草が生い茂っていて、正面には苔むした岩、上からは雑木林、
暗く、ひんやりして静かな場所だった。
「ああ”あ”~」
祖母は、曲がった腰で、ひとしきり背伸びをすると、
背中のしょいこからすっと鎌を取りだし、黙々と草を刈り始めた。
ボクは、疲れてボッ~としていると、
「水ば汲んでこい」
水汲みを指示されて、手桶を持って沢へと下って行った。
みちみちさんざん遊びながら帰って来ると、
いつのまにか、小さな棚地は、きれいに草が刈られて、子供が作った動物の墓のような、小石を積み重ねたものが、いくつか存在していた。
それが大小10基ほどあり、一番大きいやつでも五〇センチにも満たない高さだった。
祖母は、沢から汲んできた手桶から水を撒き、空の牛乳びんに残った水を入れて、花をさし、塚の前に並べはじめた。
そして、ホントに小さな石の集まりを指さして
「そこんとは
 おまえのあんしゃん(兄)の墓…………
 生まれてすぐ死んだ……」
と言った。
そのときは、どういう意味か分からなかった。
ボクの知らない夭折した兄の墓だったらしい。
「こりが……おり(自分)のトウチャンとカアチャン。
そして、そりが、おりの兄弟
そこの後ろが、戦争中に餓え死にした
おまえげん(おまえの)父チャン(父親)の兄弟……
そして…………」
と知らない親族の名前が、祖母の口から語られていった。
その塚の前には、すでに、線香の青い烟りが、もうもうと立ちこめていた。

祖母の真似をして、手を合わせて、
目を閉じた。

山を下りる頃には、すっかり陽が暮れた。
むき出しの足に、草のツユが冷たかった。


夕露
夕露 2
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実に変な体験をしたんだ。
何から話したらいいんだろう。
あたまのなかがこんがらがって
どういったらいいんだろう?!
とにかく、その日は、朝からそういう予感があったんだ。

もう君が帰ってこないんじゃないかって?

その日、目覚めると、黄色い朝になっていた。
ギシギシ、ギシギシ……
身体はベッドに鉛のように沈殿していて、
思うにまかせない。
ベッドの手すりに掴まって
ようやく、窓を全開にした。
ギシギシ、ギシギシ……
帝国の朝は、いつも機械音から始まり、助けを求めるひとびとの痛々しい叫びが、
道ばたに降り積もった煤煙と混じり合って、舞い上がり、
そいつが空に、缶スプレーで吹いたように、きらきらと虹色にきらめいてた。
あたり一面には、そいつが落ちてきて、黄色いホコリを撒き散らしていた。
川向こうの工場のクジラのような煙突からは、いつものように、要らなくなった人間が吐き出されていて、妙にマッチしていた。
なんて美しい光景だ。
ボクはベットから、それをぼーっと眺めていた。
愉快だった。
笑った。
海は広いなおおきいなぁ~
楽しい。
空を飛んでいく、要らなくなった無能な人間たちも楽しそうだった。
「みんな、平等だからね」
と、誰かがボクの肩を叩く。
ふりかえると、そこには東條さんがニコっと微笑みかけていた。
さすがにびっくりしたけど。
東條さんの脂ぎったハゲ頭はなんとなく寂しかった。
もちろん、ボクには、その微笑みの意味が分かりかねた。
かといって、東條さんに、尋ねることは、できなかった。
それぐらい寂しい頭だった。
尋ねることはできなかったけど、
衝動的に、ありったけの札束を、ズボンのなかに押し込んでやった。
理由はない。
「ありがとう。陛下
 ウンコが洩れたみたいだ」
東條さんはそう言い残すと連れてきたマツと一緒に、歩きにくそうに、部屋を出て行った。

ボクと東條さんが、一緒に暮らすようになったのは、つい最近のことだ。
二人とも変態だった。
ふたりは、
蛾になったり、ヤゴになったりした。
わけても東條さんがギンバエの幼虫になったときの唄は美しかった。
ギンギンギンギン……ギンギラギン……
月がとっても青いから……

東條さんが出て行った後、ボクは散歩に出た。
外はやっぱり美しく楽しかった。
世界がこんなに美しく悪意ばかりが宿るのがフシギで、楽しかった。
土手を彩る猜疑心は青々として、山に広がる嫉妬心は赤々と
川を流れる復讐心は黒々と
それに比べたらボクの悪意なんてのは、ほんとになんてみすぼらしいんだ。

こっそり持ち出してきた北朝鮮の核ボタンを
「ナゴヤ撃ち」と「レインボー」で一秒間に一万回ぐらい押してみた。

急にシチューの匂いがした。
ママの匂いだ。
太陽風が吹いてきたのだ。
ボクは、その方向へあわてて走り始めた。
走っているとき、手や足が、ホントに不思議な動作をする。
誰も命令していないのに……勝手に動くのだ。
「止まれ」と心で念じてみたが無駄だった。
止まったのは心臓だった。

ボクは息切れをした。苦しかった。
でも止まることができない。
苦しかったが、嬉しかった。
息が切れていたが、ガムを噛んだ後のように爽快だった。

そこへ近所の西郷さんのところの斑[ブチ]のウンコが、ボクを追いかけてきた。
息切れしているのか、ブチのウンコも苦しそうだった。

勿論、ボクには、ウン語が判らない。ただ、頷くぐらいしかできない。
ウンコはシツコイ。なんだかわからないウン語を投げつけてくる。
ボクは全身ウンコだらけになった。
ボクは自分のあたまがおかしくなったのではないかと思い、手首を切った。
しかし、血の一滴も出なかった。
そのかわりに屁が出た。
「なぜだ」
ボクは昏倒しそうだった。
全身の細胞が怒りでマグマのようにグツグツ沸き立っった。
そしたらその時、手首の傷の裂け目が押し広がってきたのだ。
ボクは、そこからめくれあがった。
すっかり裏返しのボク。

気がつくと、ボクは、自分の内蔵にナイフを突き立てていた。
ブスッブスッブスッブスッブスッ。
何回も突き刺すと楽しくなってきて
ワハッハッハッハッハッワハッハッハッハッハッアーアワハッハッハッハッハッアーア
笑いが止めどなくあふれ出てきた。
ブスッブスッブスッブスッブスッ。
ワハッハッハッハッハッワハッハッハッハッハッアーアワハッハッハッハッハッアーア
いいようがなく嬉しかった。
小学校に入学した時のように嬉しかった。
そういう嬉しい感覚ってのは
嬉しい感覚だけが一人歩きして、意識がそれに追いついていかない。
だから、ボクは自分の指を一本一本切断していった。
カウンダウン
カウンダウン
……アハハハッ
きもちいい~
その切り離された生臭い指がぴくぴくと蠢いて、ボクになにか働きかけてくる。
あーあ神をも恐れぬ感覚だ。
嬉しい…
ボクは身悶えした。
指が何かを唄っている~
メリーさんのヒツジ
メリーさんのヒツジ
メリーさんは魔法でヒツジにされた。
メリーさんのヒツジ
ボクは小便を漏らした。

そのとき、ウンコがボクの足を咬んで、
ボクのふくらはぎを持ち去ってしまった。
アイツ、変態だったのだ。

………つづく…………かも……
(投稿:92/05/16)
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a0009919_5253252.jpgオレと古本屋との出会いは、おっそろしく貧乏くさく禍々しいものだ。
本との一期一会のステキな出会いとか、気さくな店主との交流とか……
そういうもんではみじんもない。
ひたすら……暗く、小さく、臭く、汚く、けちくさい

オレの家は、完全無欠に貧しく、
村一番の陋屋だった。
家というより、崩れかかった廃材と言った方が良かった。
家が貧乏なので、小学一年の時から、
雨の日も風の日も雪の日も、台風が来ようが、地震が起きようが……
新聞配達をした。

中学の時に、
山村のドイナカから地方都市へ移り住んでからも
余計に家は貧して、オレは中学にして専業(店)員並の部数を配っていた。
否、実状、中学には行っていなかったので、集金までこなす、ほとんど新聞屋の専業員だった。
といってもオレにしてみれば、部数が増えたのは、田舎に比べて、単に家が多かったからにすぎない。だいたい新聞配達は部数に対して、バイト代が出る。
バイト代は田舎の時の三十倍になった。
オカゲで、家は貧乏だったが、オレにはバイトで稼いだ小銭があった。

オレは、その頃、ナマイキにも音楽と女に興味があった。
まずそのお金で、先輩のマンガ本の扉に出ていた通信販売の広告で、一見してうさんくさい名ばかりのギターを月賦で買った。
あとは女だった。
そんなしょうもないものを聴いてくれるアホなオンナがいないことにはカッコがつかない。
オレは、そう考えた。
狙うのは、都会の女の子……それしかなかった。
しかし、学校の女の子には興味が持てなかった。
というか、転校した先の学校に失望していたのである。
イナカモンのオレにとっては、地方都市とはいえ、都会の学校だから、さぞイケイケのオンナの子ばっかで、たのしい中学生活が送れると思っていた。信じていた。
しかし、実状はまったく予想外のものだった。
(イナカモンは、つねに都会に対して、そんな身勝手な誤解をするものなのだ。だから、イナカモンなんだけど)
たしかに外見の方はイナカモンのオレなんかに比べると、カラダも大きく、早熟だった。
しかし、話してみると、まるで小学校低学年に逆戻りしたようなオボコイことをいう連中だった。
悪いことは一通りやってそうな顔していたソリコミの悪ガキでも、文化祭でオンナと手を握ったぐらいで小学生のように顔を赤らめていたのには、ギャップを感じた。
「オナニーしたことがあるのか?」
真顔で、オレに訊く者がいて、ほとんどの子が、オナニーさえ知らなかった。
オレの田舎では考えられないことだった。
すでに田舎で、酒、煙草、オンナを一通り経験していたオレから見ると、そこにいる連中は、たんに親がかりのガキだった……
「なんてナマイキなガキなんだろう」
いま考えれば、オレですら、そんな自分に吐き気がするが…とにかく、そのときはそう思えた…
オレは、そこでも田舎同様、平然と人前で煙草を吸い、酒を飲み、夜自由に出歩く……(田舎ではチューボーはオトナなのだ。イニシエーション型社会の名残で、オレたちまでは比較的スムーズにオトナに移行した世代だと思う……。それに比べて、引っ越した先の地方都市は、たまたま雑多な人々が住む地区だった。)
そこはそれ、そんなガキ集団のなかにも、やっぱり、イナカモンのくせにナマイキだと思ったのがいた……
まったくガキらしい、つまんない、オレに対する、いやがらせ(反応)をはじめた……
ただでさえつまんない思いをしてたオレはガッコに行かなくなった。
新聞配達で疲れていたというのが、半分ある。

とはいえ、思春期のオトコの生理は暴走気味だ。
田舎と違って、オンナもいないし、S君の兄貴提供のエロ本の供給もない。
困った。

ところがある日を境に、オレのエロライフに一大流通革命が……
見つけたのだ。
古本屋を……
バス通りに面した、ひときわ汚く小さな店。
以前はたぶん白いペンキで塗られたと思われる……ハゲハゲの木造の小さな店。
店の前には、金属製のワゴンが置かれてあり、そのなかにホコリまみれの文庫本がぎっしりと積まれていた。
一冊十円~五円だった。
オレは、生れてはじめて古本屋というものを知った。
ちなみにオレの田舎は、本屋すらないド田舎。
もっともオレの家は貧乏な上に、まったく教養というものには縁がなかったから、
あったとしても何の意味もなかったけど……
家族の者は、「勉強など、大のオトコがやるもんではない」と豪語して、ほとんど、憎んですらいた(自分がからきしできなかったからだろう)。
まぁそういう家庭であるからして、家には本はおろか、マンガ本すらない。子どもが新聞配達しているのに、新聞すら取ったことがなかった……そういう家庭なのだ。
オレはオレで、小遣いは自分で働いた新聞配達の少ないバイト代……
雨の日も、風の日も、働いた大切なお金だ……とても、そんなものにお金を使う気にならなかった……オレには、そういうケチクサイ貧乏根性がガキのときから染みついている。
しかし、オレはそのとき、都会に出てきて、一種の一人バブル状態だったから……
さすがに10円20円のお金が大金とは思えなくなっていた(笑)。
安い!
適当に十冊ほどひっつかんで店内に入った。
そんなに奥行きがあるわけではないが、低い書架の置いてあるせいか暗い。
床もブカブカで、なんとも不安定、なにか入った瞬間、胡散臭さを感じる店だった。
店の右の奥隅に店主らしきジジイが座卓に腰掛けて本を読んでる……風だったが…
どうみても読んでるようには見えなかった。
チューボーとはいえ客が目の前にいるのに、ジジイは
声をかけることは、おろか、目を上げることすらしない
まるでお前なんか存在すらしていないとでも言わんばかり……
それにしても……風体が怪しかった……
なに風と言えば良いのだろう、とにかく、一般人のそれとも、労働者のそれとも、どちらでもない、あえていえば……その筋のひとの風体だった。
どうみても本と風体とは、まったく結びつかない……
そんなことってあるだろうか……?
ジジイの風体に囚われて気がつかなかったのか?
それとも、店内が暗くて分からなかったのか?
眼が慣れると、オレは、とんでもない異次元空間に迷い込んでいることを知った。
いつのまにかオレのまわりをエロ本が取り囲んでいた。
しかも、半端な内容のものではなかった。
(裏)とか(ビニ)とか(秘)とか文字がおどっていた。
(糞)とか(縄)とかの文字も、オレの目に焼き付いて、熱い……
突然のことで、さすがのオレも最初は動揺した。が、
思わぬ宝の山発見に、生唾を呑み込んだ。
ラッキー!……ついてる!
だけど、あまりしげしげと見ることもせず、平然を装って、
ジジイのいるカウンタへ
本をカウンタの上に置いても、ジジイは、視線は下に置いたまま、ニコリともせず、黙って、どこぞの肉屋の紙袋に……
その間、カウンタの横に視線を移すと
目のやり場にも困るような、さらに過激なシロモノが……
アラアラアラ……どうなってるのぉこれって……
はっきりいって、オレのムネは張り裂けソー……
視線はそこに釘付けになりつつも、オレは自分で計算した額を、黙ってサラの上に置いた…が
ジジイ、会釈ひとつすらしない
紙袋を奪うように店を出た。
結局、ジジイはヒトコトも発することはなかった。

その日から、オレは、古本屋の常連になった。
常連になったのは、他でもない。
あの過激エロ本を買うためである。
この本を大量に買って、田舎の友人達に高く売りつけるためでもある(オレの田舎も一大流通革命だ!と思っていた)。
すんなり買っても良かったのだが
断られて、これだけの宝の山をいっきに失うことが恐かった(笑)。
いくら子ども(チューボー)とはいえ、常連なら断らないだろう……そうしたたかに胸算用した(つもりだった)。
しかし、オレは、くる日もくる日も、読みもしない文庫本を買い続けるハメになった。
なぜなら、ジジイは、その間も、オレに、声をかけてくれたことはなく……
相変わらずお前なんか存在しない……という態度だったから
これでは常連とはほど遠い……と思っていた。
しかし、そういう苦い惨敗をくり返すうちに、こう思えるようになった。
「ジジイにとってオレは存在しない
 そうだ……オレは存在しないんだ。
 存在しないものが、何をしようがジジイは知らない
 ジジイの関知するところではないんだ」
 決めた!
オレは、そんなジジイとの心理戦に終止符を打とうと決意した。
その日のオレは決死の覚悟、威風堂々、ジジイの店になぐり込んで
ワゴンの文庫本なんかには、目もくれず
一直線にジジイのカウンタへ行き
脇にあるチョー過激なビニ本を、おもむろに三冊掴むと、ジジイに渡した。
堂々さをアッピールするためである。
店内には、相変わらず、誰もいない。
いつ来ても、ここは無言で緊迫した時間が流れている。
ところがジジイは、オレのそぶりなど、やっぱりまったく見もせず、何ごともなかったように
しわがれた手で、エロ本を、そそくさと、またもや肉屋の使い古しの紙袋に入れて、セロテープを止めた。
文庫本と同じである。
オレは、いささか拍子抜けした。
こんなことなら、文庫本なんか買うんじゃなかったと後悔した。
文庫本を買ったときと、なにもかも同じだったが
オレが店を出たところで
「まいどあり」
というジジイのしわがれた声が聞こえた。
顔から火が出る思いがした。
ジジイは、さいしょからオレの本心を見抜いていたのだった。
さんざん貢がせて捨てたオンナが、何も知らない親友のオンナになって、ひょっこり現れたときのようなばつの悪さだった……。

その日から、オレはホントの常連になった。
それからのオレは、ジジイのエロ本代のために新聞を配った。
配りまくった。

しかし、それからすぐ、ひょんなきっかけで年上のオンナとつき合うようになったので、
ジジイの店でエロ本を買う必要はなくなった。

それから三年ぐらい経って、
無性にジジイの店に行きたくなった。
オレは、また別なオンナとつき合っていて、
事情を話すと、オンナもノコノコついてきた。
ジジイも、さぞびっくりするだろうと思っていたが……

立ち寄ってみると店は朽ちて、看板もなく、閉店していた。
たぶん、この世からジジイは消えていたと思う。

………………
佃島ふたり書房
出久根 達郎 / 講談社
スコア選択: ★★★★



ご存じの通り、本書は、古本屋をめぐって、激動の近代日本を生きる、人間模様を描く。
エロ本読書人にも古本屋をめぐって激動の時代があるように
一般の読書人にも古本屋をめぐって……いろんなゲキドウがあると思う……

その元古本屋のおじさんが書いた古本屋の小説である。
内容は、筋も筆も、なんともさえなさがよどんだイナカ墨東キタン風
そのなんとなく
イミフメな無政府主義の宙返り……夢を喰うバクちゃん……老人妄想力
が……ほんのり潮の香り……大逆の風に乗って……オトコの夢が……
泣ける……泣いてどうする?

うーん、読んでいて
カフーをすっ飛ばして、(高見)ジュンを思い出していた。
小説家が、まだ「文士」と言われていた頃のことを……

本文より、あとがきの方がおもしろかった。
そんなもんだ……

(2002)
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ボクの田舎も、ちらほらホタルが舞っているらしい。
ボクがいた頃(約三十五年前)は、居間の開け放たれた窓からホタルを確認することができたぐらいだから、どれだけ田舎かは分かっていただけると思う(もっとも夜の訪問者は、ほかにもたくさんいたけど)。

その頃、ボクの田舎では、「メシ」という風習があって(今は、たぶんやってないと思う)、
なにかというと、みんなで、よく”メシ”を喰ったものだ。
もっとも代表的なものが三つあって、
新入生が入るときの”出会いメシ”、六年生が卒業するときの”別れメシ”、
このホタル舞う季節になると”ホタルメシ”をする。
メシは原則的に(たまに公会堂でもやったけど)各家庭の持ち回りの、一種のホームパーティーのような形をとっていて、
もちろん、イナカの子どもにとっては一大イヴェントだった。

イナカで「ホタルメシ」と言うと、
なかには、ホタルを炊き込みご飯にして食べる
奇っ怪な風習みたいなものと思う人もいるかもしれないが……
そうではない……

夕方、友達の家に集まって、
夕食(メシ)を食べ終わると、
ボクたちは子どもだけで連れだって、ホタルを捕りに出かける。
虫取り網なんてない、素手で捕れる。
ホタルの川までの畦道は、楽しかった。
虫や蛙が声がにぎやかで、ボクたちは、それに負けないように、大声で歌いながら歩いた。
星明かりでくっきりと切り取られた山肌は、黒々と存在をいやまして、
そのコントラストは、息を呑むほど神々しかった。
ホタルの川は、その大きな存在の手前をゆっくり流れていた。
ホタルは、その上を、ゆらゆら、ゆらゆらと、たゆたっていて
集まっては消え、離れては光り、
ひときわ輝き、また消えた。
コズミックな光のダンス……
ボクたちは、ホタルを追いかけながらも、しばしば、見とれた。
……

捕りおわると、
暗い夜道をホタルの灯りを船頭に、
みんなの合唱がまた始まった。
まるでカエルのようだ。
誰かが始めると、みんなが唄い始める。
誰かが笑いはじめると、みんなが笑いはじめる。
笑い声が、遠くの山に木霊する。
ボクは嬉しかった。
ボクは、全部が、ただ嬉しかった。
ホタルも、川も、山も、木も……
森羅万象山川草木が、ただ嬉しかった。

家に帰ってくると、この日の”ホタルメシ”の感想を思い〃〃にお喋りをする。
「来年は、誰の家でやる」とか
「幽霊を見た」とか
「UFOを見た」とか、
色々……
ひとしきり喋って、疲れると、いよいよフィナーレだ。
ホタルたちを離すときがやってくる。
窓から、放たれたホタルたちは、まるで魂魄のように、ゆらゆらと闇へと帰っていった。
また、来年~



有明新報社によると
いまや、そこはホタル観覧の名所になって、
町外から持ち込まれるゴミ問題に頭を抱えているらしい~
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a0009919_15424733.jpg「たんがく」。
 この言葉、いまだ出所不明なる言葉である。
 わが郷里近隣で通用するということ以外、その範囲がどこまで及ぶのかも、おおよそわかっておらぬ。まだまだ研究を要する。もしかして軍隊言葉か?、探究の真っ最中である。

「たんがく」とは、<蛙>の呼称である。
田園の広がる我が郷里では、かつて人間の数をはるかに凌駕する数の蛙が生息しておった。
 これが初夏のある時期から、夜な夜な、悩ましき咆哮を放ちはじめると、にわかに田園、まるで楽隊の如く。
 つらつらおもんみるに「たんがく」とは、田の音楽隊、「田・楽」、否々、それではデンガクではないか(自爆)。八丁味噌はうまかったである。オッと失礼仕った。たしか、いにしえには<田楽法師>というのがおって、それが、笛や鼓、ささらを振り鳴らし、たいそう騒がしそうな祭礼をやったそうな。村の洒落者が、それにかけたのであろうか。
 ところが、この「たんがく」。郷里では、蛙の別称として使われていただけでなく、もっぱら、別な意味で使われていて、よからぬものの代名詞として使用されていた。嘆かわしきことである。もしかしたら、その現状に「たんがく」も憤懣やるかたなく、それで、夜な夜なよからぬ村人に愁波を送るようになったのではないかと思われる。拙者などは、祖父に、この名で呼ばれ、何度叱責されたか分りもうさん。
 あーどういう意味なのかは、あえて申しますまい。以下を読んで理解されたし。

 「たんがく」の話を今まで申してきたが、
 どういうわけか、童たちはみな、「たんがく」に向かって「ビキタン」と呼びもうした。
 わが郷里の先人達は、よっぽど、この田の小さきシモベたちと親しき仲であったのだろう。ちなみに拙者も幼少のみぎりは、その名でもっぱら呼びもうした。
「ビキタン」とは、これまた、面妖な呼び名である。およそ日本語とは言えないような奇怪な名前である。羅語かも知れぬと詮索するものありけり。しかし、これも出所不明なる言葉である。「たんがく」よりは、もしかしたら、使用されている地域は狭いかもしれない(それもリサーチ中である)。

 思い出せば、拙者の幼少(4~6歳)のみぎりは、近くの友人たちと、家の前の用水路の縁に腰かけて、よく「ビキタン釣り」にウチ興じたものである。糸に綿をつけただけの簡単なシカケで、一間ほど下にいるビキタンの顔の前に持っていき、ゆらゆらさせる。
ビキタンは思わず食いついてくる。
ただし、ビキタンは、綿に食いついてもすぐに吐きだすので、食いついた瞬間に、イッキに縁(へり)まで引き上げなければならない。このタイミングが子供には案外むずかしい。いま考えてみると、子供の釣の予備練習にはもってこいかも知れない。
 手慣れてくると、2~30分で、家の前の往還には、拙者たちの釣ったたくさんのビキタンたちでごった返した。それはほのぼのとした風景であった。
 しかし、いつのまにか、文明が波押し寄せて、往還にもクルマが通るようになった。
 いうまでもないことじゃが、釣り上げられたビキタンたちを、クルマが非情にも踏みつぶした。
 往還はぺったんこになったビキタンたちの死骸で埋め尽くされ、異臭たちこめ、惨憺たる光景へと変貌していった。だが、拙者たちはなんにも変わっていなかった。環境がいかに変わろうが、祖母に小言をいわれようが、いつものように釣りをして遊んだのである。
 ところが、それを見つけた拙者の祖父は、血相を変えて、こう怒鳴り申した。
「こらぁ、天下の往還ば・こげん汚してしもうて・・なんばしょっとか!・・・こんタンガクどもが!」

これにはさすが、拙者たちも、いっせいに逃げ出した。

 逃げ出したタンガクたちは、いまでもタンガクのままである。
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夕刊の配達が終わって家に入ろうとすると
向かいの「江島さん」のおばさんに呼び止められた
「Kさんから電話があったよ!。
 いま、瀬高の駅で、ちょっと待っとらすげな。
 行ってこんね!」
電話の無かったボクの家では、向かいの江島さんが、
いつも取り次いでくれた。
Kさんとは、ボクの母の実家だ。
母方の祖母が、瀬高の駅にいるという。
旅の途中、しばらく帰省しない孫の顔が見たくなって訪ねてきたという、しかし、あいにく、その日は、家には誰もいなかった。
そこへ小学生のボクが帰ってきたのだ。

瀬高駅は、自転車で、一時間ぐらいかかる道のりだ。
行こうか行くまいか迷っている時間はない。
汽車が出てしまう。
ボクは自分の自転車を持っていなかったので、
祖父の自転車を、黙って拝借した。
祖父の自転車は、ちっちゃなボクには、大きくて重い。
野良犬がオシッコをするような漕ぎ方になる。
「はやく行かなくちゃ~」
着いたところで、親戚のヒトは、もういないかもしれない。
ボクは不安とともに、ペダルを漕いだ。
その時、急に空腹を感じた。
夕刊を配ったあとは、いつも腹ぺこだった。

ボクの家は、典型的な赤貧家族。
貧しいうえに家族が多かった。
食事の時は、さしずめ戦争のようだった。
長男だったがボクは、人一倍、要領が悪く、いつも空腹だった。
そのせいか、いつも疲れたように痩せていて、小さかった。
小学へ上がる頃には、弟や妹のほうが体格が良くなっていて、
特に父親などは、体格の悪い、ナヨナヨとしたボクを毛嫌いして、露骨に、弟に期待していた。
貧しいイナカの家では、子どもも立派な働き手として見るからだろう。
体格のいい弟にだけは、別待遇だった(貧しい(奴隷家系の)家には長子相続なんか関係ない)。

それでも、ボクは、父親に気にいられようと人一倍、働いた。
しかし、実際、働けば働くほど、
ボクは痩せて小さくなって、
父に嫌われた。
弟も妹も、ボクのそんな小心(魂胆)を見破っていたのか、父に倣って、ボクを軽蔑していたような気がする。
要するにボクは、家族の誰からも嫌われる存在だった。

ボク自身、常に、よそ者意識を持っていた。
実際、ボクだけ、遠く離れた母の実家で生れ、三歳まで育った。
小さい頃の写真を見ても、ボクはひとりで写っていた。
ボクはよそ者だった。

ボクは、暮れかかる道を、不格好に自転車を漕いだ。
日当(ひあたり)川、中学校、役場前を抜けて、野町天満宮へ……
村の一番華やかなところだ…二、三軒の商店が立ち並んでいるだけだが…
商店の灯りを見ただけで……ちょっとウキウキした気分になる。
山城衣料、もうちょっと行くと武藤酒店……
「お店屋さんはよかなぁ~食べるもんも着るもんもどがっしょでん(たくさん)あって」……
その時間には、そろそろ風も冷たく……
むき出しの細い手足は、少しかじかんだ。

母方の実家は、裕福で、赤貧の家の父との結婚に賛成していたように思えない。
そもそも、母は、農村などとは縁のない都市環境のなかで生まれ育った。
父とも年齢が離れていて、結婚当時、母は、まだ中学の中途であった。
母の父は戦死し、母(祖母)が再婚したために、
母(姉妹)は亡父の実家に残ったが、後々のことを考えて妹の母だけが裕福な分家に出された。

後の行動を考えると、母のこの結婚は、単に継母の家を出るきっかけが欲しかっただけのように思う。
嫁いできた母の素行は実に淫乱を極め、破壊的だった。
第一子を死産。
それ以前から、手当たり次第に、近くの男性と関係を持ったことが発覚。
実家に返されるが、そこで、ボクが妊娠していることが分かり
父から復縁を……
が、それも長くは続かず、また、新たな男と関係を持ち、失踪する……
帰ってくる……男を作る……失踪する……の繰り返しだった。

しかし、考えてみれば、ボクさえ、この世に、存在していなかったら、
その後、父も復縁することはなく、家族(兄弟)やまわりのひとたちも、あんなひどい目に遭わせずに済んだかもしれない。
ボクさえいなければ……

国道443…村のメインストリートを右にそれて、尾野から清水へ、
急に鬱蒼とした竹林が、長い下り坂の両脇を囲む
昼間でも、暗いところで、薄気味悪く、地元では、この坂を
「首切り坂」と、呼んでいた。
その頃、落ち武者に追いかけられたとか、墓の上に、首があったとか
いろんな気味の悪い噂があった。
しかし、ボクは、この誰からも嫌われる忌まわしく暗い道がひそかに好きだった。
竹林で閉ざされた視界が、長い下り坂を抜けると、一気に見晴るかす平野へと出る。
ボクは下り坂の勢いに任せて、両足を宙に上げた。
祖父の重い自転車も、チェーンから軽快な音を発した……
「気持ちよかな~……」
頬を行き過ぎる空気が、ほんとに冷たい。
吉田商店の前を一瞬で通り過ぎ、
一気に広がる田園、目の前には真っ赤な太陽が、いままさに落ちようと、点在する小屋や木の影を長くたなびかせ
ひんやりとした夕露でしなだれた稲穂は、黄金色に……
輝いていた……
……
「どこまでも行け~」
ジャー………

イッキに踏切を越えて、駅のロータリへ
実家の人たちが、見えた。

アー腹がへった~
ホントに腹がへった~

ボクは目の前がかすんできた~
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ガキの頃……
ボクはリヤカーで村中を駆け回っていた。
まだ、村の往還(メインストリート)が舗装されていない頃で、轍がたくさんあって、全速力で駆け抜けると、土煙を上げながらタイヤがキリギリスのようにホップした。
自転車を持っていなかったボクには自慢のリヤカーだった。
兄弟や友達を乗せてやったり、山からミカンやタケノコを載せたり、戦車ゴッコしたり、リヤカーレースしたり、時には、友達の大きな鳩小屋を貰いに行ったりした。
もとは、祖父(じいさん)が使ってたヤツで、錆くれてだいぶネンキが入ったいたが、
ボクにとっては、マジで、リヤカーではなく、スーパーカーだった。
夕方になると、ボクは、そのスーパーカーを押して、Aさんというこの辺の元庄屋さんの家に、配達の新聞を取りに行った。
いま考えれば、家に新聞も本もない極貧の家のボクが、人並みに、いまこうやって字が書けたり読めたりするのも、配達の合間、新聞を盗み読んでたオカゲのような気がする。
そのせいか、ボクは配達が遅い上に、いつも誤配や不配を繰り返した。
配達が終ると………
Aさん家(チ)に止めたリヤカーを取りに帰り………その足で、風呂の薪にする廃材を近くの大工さんの家や製材所に集めに行った。
その頃には、往還は、すっかり夕焼けで赤茶けて……
遠くの山々は、すでに星空を背にして、柔らかなシルエットを描いていた。
リヤカーを引いていくと………ひんやりと夜露も感じられた。
〈もうすぐ……稲刈りだなぁ〉
ボクは、そうやってリヤカーを引きながらモノを考えるのが好きだった。
傍らを友達が自転車で通り過ぎる………
「おう!」
友達の………新品の自転車が……キラリと夕闇に光った。
「たまにはソフトボールの練習に来んかい?」
友達は………そう言い残すと………自慢げに立ち漕ぎをして去っていく。
「ああ……」
……自転車のテールランプが点滅して………ピコピコピコピロローン………
田圃道には似合わない電子音がコダマした……。
〈カッコヨカな!あんか自転車……欲しかなぁ〉
やっぱり自転車は、憧れだった。
でも、父は「兄弟が多いから、お前に買ってやると………何台も買わないけんようになるけん」と言って買ってくれなかった。
貧乏なボクの家に、そんなカネがあるわけがなかった。
途中で石炭を積み、酒を積み、肥やしを積み、醤油を積み、鶏の餌を積んでいたら………ガキのボクには、引けないくらい重くなっていた。
が……家まで……もうちょっとだ。
一休みして、がんばろうと、
腰掛けていると………反対方向から………
………ひときわ明るいライトを灯けた自転車が見えた。
白いライトのまわりを黄色や赤色の光が、例の電子音ととも景気良くにリレーして点滅していた。
〈わぁ~綺麗かなぁ~誰のやろ~
 あんかつは見たことなかな~〉
真新しい光を発する自転車は近づいてくる。
それは、なにか幻影でも見ているかのようだった。
悠然と自転車にまたがっているのはボクの弟だった。
「誰の?」
ボクは、誰か友達に貸してもらっていると思っていた。
「今日、父ちゃんに買(こ)うてもろた。」
なにがなんだか分からなかったけど………
「よかったなぁ……
 こげんカッコよかつば買(こ)うてもろて……
 大事にせんといかんばい…………」
弟は、それを聞くか聞かぬうちに……また自転車を嬉しそうに漕ぎはじめた。
もうあたりは、すっかり陽も落ちて、深い闇が支配していた。
もう何も見えない。
リヤカーは………重く…ふらついた。
………なかなか進まなかった。
しかし、途中で………急にふっと楽になった。
振り返ると、リヤカーの後を祖母が押していた。
ボクは、黙ってリヤカーを引いた。

家に帰って、
風呂を沸かしながら………煙突の先に見える星空を眺めていた。
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盆といえば、帰省。
といっても、ワケアリで、食い詰めて
イナカを夜逃げでもするように出てきたボクら家族に、
とうのむかしに帰省する場所はない。

とはいえ、この時期、フシギにイナカで思い出すのは
便所。
この頃、一段と臭くなる頃だ。

考えてみれば、便所はもともと子どもにとって、
ワンダーランドみたいなところかもしれない。

だいたいウチのイナカの便所といえば、
母屋とは別に構えられ、少し離れた日陰にあったボロボロの小屋で、
一見して、あやしげなところだった。
もちろん、水洗でもないし、そもそも便器すらない。
床に板が敷いてあって、ぽっかり穴が開いているだけのものだ。

母屋とは離れているので、さすがに子どもには、夜は怖い。
なんせ、一旦、外に出なければならない。
植え込みや壁までが、幽霊に見える。
何度も小便漏らしそうになった。
その難関を通り抜けて、必死の思いで、便所にたどり着き、戸を開けたら、
なんと目の前の窓に、人の顔をほどもある大きな蛾や蜘蛛が貼り付いていたり(思わず悲鳴を上げたことも一度や二度じゃない)、油断できなかった。
なにより恐怖なのは、頭上の白熱電灯で、こいつがなぜかいつもタマが切れていた。ちゃんと電灯の灯る日は望外の幸福だと思わなければならなかった。
ついたらついたで、カベチョロや蜘蛛、蛾、コガネムシ、マイマイカブリやゴキブリのたぐい、ケムシ・青虫のたぐい、時にはヘビ…
なにより凄いのは、ケツの下に蠢く無数のセッチン虫……魑魅魍魎……
…いろんなものが見えた。
さすがに冬の寒い日はこたえる。
ケツの穴が縮みあがる
おかげで便秘になりやすかった。
出ないと、どうしても長くなる。
長くなると寒い。
余計にケツの穴が縮み上がる。
悪循環である。
おまけに力が入ると
痔になりやすい……
痔になると困るのは、ケツを拭く紙である。
もちろん、今のように絹のようなトイレットペーパーはない。
僕の家は貧乏だったから、ちり紙がある時などは盆正月ぐらいで、
いつもは雑誌や古新聞を四つ切りにしたやつが、竹駕籠のなかにきちんと入れられてあった。
しかし、これが冬の寒い日は存外に固くて、冷たい。
むかしの新聞は、今みたいに中身も内容もぺらぺらではなかったから、そのままでは、ケツの穴が痛い。
だから、拭く前に、新聞紙の両端を両手でもってアライグマが洗うように手でクチャクチャにして柔らかくして使った。
真っ暗闇の中で、ようをたし、手探りで紙を探して
クチャクチャ………

なぜだか、ホッとしたのをおぼえている。
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