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【動画】ラッパーのK DUB SHINEがネット右翼にブチギレ!「ネトネト粘着 ウヨウヨ湧く」とクソダサいラップで痛烈批判!|保守速報
130. 名無しさん@ほしゅそく 2014年03月21日 13:26 ID:MPflBU6q0 このコメントへ返信
ラッパーはいいけど
なぜ朝鮮人やシナ人対しての歴史捏造してる
しばきたいやらのdis捏造ラップはしないのか?
これがわかりやすいですよねー

後ねーブサヨ連中が音楽牛耳って支配してる連中だからね
渚音楽祭ってあったんだが東京、大阪で
大阪のほうが乗っ取られて舞音楽祭英語でマイアジアオンガクフェスティバル変えれてましたww
しかもあの3色で乗っ取り完了ですよw出演連中は有名どころもいるけど
ひどいひどい二度とこいつらの音楽聴きたくない

後サマソニもひどいぞ乗っ取られた感アジア枠とか言って台湾に混ぜて朝鮮人よんでるし
あの反日ももくろさんよん出るしなんかもうめちゃくちゃ昔じゃあ考えられない出演者だらけ
絶対行くこともうないわフジロック反原発連中だらけで一生行かないわ
誰かこれでOPEN2ch立ててほしいぐらいわ『最近の野外フェスは完全に乗っ取られてる』で

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@takuramix 「収入が無いのは罪ですか?生活保護を罪人扱いするのは間違ってる」 [755456936]
:番組の途中ですがアフィサイトへの\(^o^)/です:2014/09/23(火) 16:08:26.50 ID:BtEXC1CO0.net
鬱憤が爆発しないように、矛先がお上に行かないために
弱者がより弱い弱者を叩いてストレス解消する教育が行き届いちゃったからね

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永続敗戦論からの展望     白井 聡 - 一人ひとりが声をあげて平和を創る メールマガジン「オルタ」
「敗戦の終戦へのすり替え」がなされなければならなかった最大の理由は、敗戦の責任を有耶無耶にし、敗北必至とあらかじめ分かっていた戦争(対米戦)へと国民を追い込んで行った支配層が、戦後も引き続き支配を続けることを正当化しなければならないという動機であった。」
「非常に限定された形でしか戦争責任を追及せず、戦前の支配層を戦後の統治者として再起用する一方、左翼をはじめとする批判者勢力の力を抑制するという方向性は、……」

これじゃぁまるで「敗戦の責任を有耶無耶にするために…左翼をはじめとする批判者勢力の力を抑制した」みたいにきこえるんだけど(笑)勘違いだったらメンゴ
結果的にそうなってしまったけど…GHQも最初はそうじゃなかったよねぇ
共産党員含む政治犯を釈放したり…社会党片山政権ができたり……と
かれらはおおいに軍と国民の離間工作(プロパ)に使われたわけで……

ただ敗戦したということが いったいどんなことなのか…みんなこわくてしりたくないために…GHQの占領政策にうまくはまったところはあったと思う…それが「戦後民主主義」の原点みたいな
(「一部のNが悪いだけで…私たちはしらなかった…Nに騙されてただけ」わたしたちはまったく悪くない、責任ない…戦後民主主義マンセーというGHQ図式…Nに軍国主義者、自民党、東電……が入るのかの違いだけ… じぶんは常に善意の第三者的立ち位置キープ)

「敗戦を隠した無名の人々」
戦争を「煽ったのは特に教育者、教育学者ですね。『戦争へ行ってこい、御国のために死んでこい』といい続けていた。」
「その代表は、東京帝国大学教育学部の連中だったと思います。その中心人物の海後宗臣など戦前は、徴兵不合格者は罪人だから罰せよと書いていたのを私ははっきり覚えています。不合格になるような奴は身体が弱くてお国の役に立たないから処罰せよと主張した。そんな連中が、梅根悟、宗像誠也等以下そのようなことを書いた人物が、戦後は急転直下、侵略主義の権化天皇の排撃ですよ。一言の弁解もなしにね。立場が変わったので有名なのは歴史学者の家永三郎ですが、彼の場合には変わった理由はっきりしている。戦前は皇国史観を説いていましたが、戦後は百八十度転向した。ただし終戦直後に変わったのではなくて、自分が東大の教授になれないと知って急転直下左翼になった。彼はまだいいと思う。というのは、あれは彼の個人的恨みだということが、人から見てよくわかるからです。」会田雄次「日本人は敗戦を認めよ」月刊【発言者】Aug.'95.(西部邁事務所)

「京都大学にも似たような人はおりました。以前は二宮尊徳の言葉ばかり言っていた先生が、戦後は何かあるたびに「占領軍の意向によりますと……」と左肘を張り、親指をチョッキのボタンの間にいれ、人差し指以下をその上にそろえたポーズで胸をそらす。自分が占領軍と親しい関係にあると見せたかったのでしょう。今でもその光景が目に浮かびます。教育学部が嫌いになった理由です。
 私が戦後ビルマの収容所に入れられたとき、同じ師団のある歩兵隊長が、日本に帰ったら村長でもしようかなとポツリともらしたのです。私はとっさに、「大佐殿、それはムリですよ」といいました。連隊は昭和十九年の補充を加え三千人近い人員だったのですが、残ったのはわずか三、四百人。それだけ殺しておいて、帰って村長とは何だと私は思った。大佐殿ですから、兵隊からみれば神様ですよ。その神様が命令して兵隊を殺しているのだから、やはり責任は感じて欲しかったですが、全然何も感じていなかった。
 もっとも、こうしたぼんやりした連隊長などは帰ってきてから戦後の日本社会に直接有害な行動は起こさなかった。害があったのは自分の身の危険を鋭く感じとった連中でした。そうした人々が、敗戦ということを誤魔化したと思う。その点に関して大きかったのは「国体が護持された」ことでしょう。私は捕虜でしたが、ポツダム宣言が発せられ国体が護持されたとかいった話は聞いて知っていた。無線通信の連中がこっそり聞いていましたから、教えてもらったのです。
 天皇制の維持というのは進駐軍の意向ですが、責任を回避したい連中はこれが一番の望みだった。国を思う心からではありません。天皇がそのまま天皇の地位におられたならば、象徴だろうが人間宣言をされようが、彼らにはどうでもいいことだった。国体が護持されたのだから、自分も安んじて「終戦」といえる。公職追放でそうはいかなくなった人もいたでしょうが責任追及はされなくて済んだ。また日本人はそれを許したわけですから、彼らは喜んだでしょうね。
 敗戦になっても国が残っていたら、ふつうは敗戦の責任者は死刑です。日露戦争のさい、バルチック艦隊の降伏した艦隊司令官ネボカトフ、例の旅順開城のステッセルなどは抗戦不十分ということで死刑を宣告された。敗戦というのはそんなものなのですよ。ところが日本は責任者の敗戦責任を自ら裁くことができなかった。敗戦で国がなくなっていたからです。
 アメリカが戦犯追及という戦争の復讐を世界正義の名において行うという「無法」をやりましたが、それでは多くの人は追放ですんだ。敗戦の追及はどこからもされなかった。助かった連中はこれは有難いと「終戦」ということにして、日本がそのまま続いているように見せかけた。私はこれが戦後の極端な無責任時代、責任逃避の時代を招いた理由だと思います。」(同P.13)

「戦争の当事者はある程度覚悟していたでしょうが、問題は背後で戦争を煽っていただけの官僚やマスコミや銃後人的軍人といった連中です。彼らは復讐が怖かったでしょうね。まず敵からやられるのが怖い。それからもう一つは国民の反抗が怖かった。革命か動乱が起こるかもしれない。この二つを恐れたために、銃後の指導者たちは徹底的敗戦という事実から目を逸らそう、それを知らさないでおこうということに全力を注いだと思います。
 一番励んだのは官僚でしょう。いわゆる無名のまま背後で煽った連中です。自分の名で戦争を起こして敗北したら当然処分されるはず。東条英機すら自殺しようとするぐらいですから、名前が出た人々は覚悟していたと思うのです。しかし第二線の連中はそんな覚悟もなしに煽っていたのでしょう。
 無名の人々で次に挙げられるのは新聞人です。マスコミです。彼らは激しく煽ったにもかかわらず、誰がやったと言い出したら自分の身が危ないから、一斉に皆で隠しましたね。どの新聞を読んでも、戦後の翻心の説明がないのですよ。心の底から懺悔するというのであれば、懺悔は十日間ぐらいは続かないといけないわけですね。ところが何もいわなかった。近衛文麿は自分が悪かったといっていますが、新聞では誰が悪かったかは決していわなかった。無著名で軍国主義に同調した社の方針が「悪かった」というわけです。しかも新聞は見事に転向した。転向したら、まったく逆にこんどは左翼になった。ファッショから革命に変わってしまった。」(同P.12)
「しかも日本の場合の特徴は成す術もなくやられたということです。私たち日本人は、激しく抵抗したとか、あるいは対等に戦った思い込んでいるし、思いたがる。神州皇軍不敗ですから、そう思いたがるのは無理もないが、じつはほとんど敵に損害を与えていない。緒戦は不意打ちで、しかも向こうが無力な植民地支配のための警察に毛のはえたような軍隊だから勝てたが、いざ来いとなって、正規軍がやってきたら、ほとんど問題にならなかった。
 戦争に行った人間は、勇戦奮闘したといいたがります。一兵卒として戦った私でも、弱くてやられたとは言いにくい、ですが、ほとんど敵に損害を与えていないのです。敵さんは頑強に抵抗しているとは思っていなかったのではないですか。」(p.10)(同書)

「本土空襲のさい、日本は一生懸命に高射砲を射ちました。しかし、B29は八千メートル上空を飛んでくる。あの高射砲は三千メートルぐらいにしか届かないから本当は意味がない。向こうははるか下方に花火かなにかが光っているように見えただけだったと思う。前線の戦いでも、そのほとんどは戦いではないのですね。私はなぶり殺しにされたようなものだったと思います。」(上同書)
 日本は戦争をして負けたことは確かですが、ドイツのように正面切って互角の大相撲といった戦闘をして負けたのではないのです。アメリカは、硫黄島などの例外を除けば、自分たちの作戦には一日の狂いも生じなかったという。」(p.11同書)
「あの戦争では無条件降伏、全国を占領され、しかも、永遠に旧敵国の支配を受け入れるという憲法を押しつけられても何もできないという、およそ世界の歴史に類例がない悲惨さです。経済だけは一応反映した奴隷社会といってよい。まだその後臥薪嘗胆で復讐を企てるとか、どこかに亡命政権をつくって抵抗するとかは聞いたことがありますが、日本の場合ゲリラ戦の一つもなかった。」(p.11)

「彼(ビルマの最高司令官・木村兵太郎)大将は気分としてどうしても許すことができない。あの男は片腕を失った兵隊でも除隊を許さず敵にかみついて死ねと前線に送りだした。だが英軍が来るとラングーンに何万という日本の婦女子、看護婦、一般市民、それから軍隊を置いて逃げ帰ってしまった。卑劣とも何ともいいようがない敗戦責任者です。だから戦犯で処刑するのではなくて、敗戦責任で殺すべきだったと思う。部下をおいて逃げて帰ってしまった司令官はそうされてしかるべきです。しかも彼らは逃げて帰る時の飛行機のなかで辞令によって昇進している」(p.13同書)

「私は少なくとも戦争中に将官になっていた人々は、天皇陛下の命令で任務についたわけですから、全員切腹するのかと思った。昔の武士のように腹を切るのだと思った。ところが阿南陸相など四、五人が腹を切っただけでした。それどころか、日本人はその人たちを戦後持ち上げた。なかでも辻参謀というとんでもない破廉恥男を、参議院でトップ当選させた。この男は単なる人殺しです。こんな男を選挙で当選させるから、ますますわけがわからなくなった。
 一方B、C級戦犯の場合のように明らかに無実の男が残虐行為だといってどんどん絞首刑になっているにもかかわらず私たちは反抗もしなかった。けしからんともいわなかった。」(p.13-14 同書)


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22:<丶`∀�>(�・ω・`)(`ハ�  )さん@\(^o^)/:2014/09/06(土) 01:48:39.96 ID:ig2NcmBz.net
>西日本新聞対馬通信部記者を経て

筋金入りの反日ブサヨですやん。
こういうの当選しちゃうのって日本やばいよな・・・

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[ 892469 ] 名前: 政経ch@名無しさん 2014/09/06(Sat) 00:51
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うるさいから貧乏人は黙らせとけよ

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13 名無しさん@0新周年 [] 2014/09/05(金) 19:11:22.93 ID:jgWZowR00 Be:
経済学がなんぼのもんじゃい

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2 :名無しさん@恐縮です@転載は禁止:2014/09/05(金) 02:10:58.74 ID:QYlveZLa0
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