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「火星の人」でいいだろ
例によって、やらかし邦題

ネット上で有名になったひと
Andy Weir
しかし、原作は読まなかったなぁ…

映画いいねぇ…
とにかく絵がキレイだ。
船内・船外の無重力表現も秀逸
ラストの船外は芸術性高い

孤独、火星、閉鎖空間…植物学者、サバイバル
ドラマはサバイバルメインです
サバイバルも変に重苦しくなく、じゃがりこ食ってでも4年間生き延びます(笑)…
みたいな悲喜交々なヒューモアタッチです(コメディと揶揄する人もいるけど)
昭和のジジイしては、
寂寥とした火星(閉鎖空間)の風景にボッチっていうだけでオトコのロマンで胸アツ

Sean Bean に Chiwetel Ejiofor と
有名どころの人も脇役としてビミョーに頑張ってるけど…
やっぱ Matt Damon の映画って感はあるし…
重いテーマのsfというよりも、エンターテイメント重視のsfって感は否めない

ワシは…救いようない(滅び系)エンディングが好きな方だけど
これはこれで…といいたいところだけど
エンディングの説教シーンはすべてがだいなしになるぐらい糞蛇足すぎ。
絶対に要らない!
船外の抱き合ったシーンで終わるべきだった…

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パーク・ライフ

吉田 修一/文藝春秋

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単行本「パークライフ」に所収の短編。

ものすごく入り込みやすい。
こんなに簡単に読者を「催眠」にかける書き手もめずらしい。

ある事情から結婚して間もなく九州から東京へ移住就職した若い男性の物語。
ブンガク青年然とした大卒ニイちゃんの「パークライフ」とはうって変わって、
…いわゆる男の単純肉体労働の(ほぼ)ブラックな会社を舞台にし、
主人公のキャラはイナカ、素直従順、低学歴、筋肉、ちょっと骨太な感じの…
ガテン系アンちゃん…そういう方面のひとは…
感情移入がしやすいと思う。

そんなクリエイティビティとはまったく縁のないささくれだった世界で
男たちは…生け花を「生ける」
「花の数だけ、人には感情がある」(p.131)

濡れた墓石、
台風、
飛び散った花びら
…祖母の死

切り取って
刺して
…砕け散っていく
我流の生け花…
なにをどうしたらいいのか…だれも知らない…
そんなオトコたちのカレイドスコープ…

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超人の哲学 (講談社現代新書)

田原 八郎/講談社

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「異能の血のたぎりは、自らに我慢を強制しない。彼にとってのしごとは、異能の自然的衝動に忠実であることしかない。これは、我慢とか遊びとかいう文化的なことがらではなく、もはや自然的なことがらと言うべきであろう。」(193頁)
もう何十年も前ではあるが
後に世界GPに行った辻村猛君が、まだミニバイク時代、レース中、後ろについて走ったことがある。
一周走っただけで、天才だと思った。
メインストーレート(最高速)からの奥の深い右複合、1cノーブレ高速から2cから3cと引きずりながらの深いブレーキング→フルバンク、
ノーブレからのするどいs字の切りかえし、最終ヘヤピンのライン取り…
まえにいる彼(少年)の、なんと軽やかなことか…
「風」…そう思った…まさに「自然的なことがらと言うべき」走りだった。
自然から祝福されている走り
それに比べると、凡庸なオレの走りは人間が苦労しながら必死で走っている。
我慢と強制…自然さがまったくない…
だけど オレは 「こんな小僧に負けてたまるか!」
ひっしで3周ぐらいくらいついていった
メインストレートから1c2c3cブレーキング・フルバン
「抜いてやる」
と思った瞬間…
フロントがなくなった
からだがクラッシュパッドのすきまにジャストにはさまって
息ができなくてくるしかった…
ちょっと思い出した…

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芥川受賞作を読むのは20年ぶりぐらいかなぁ…
平野さんの「日蝕」をさわりだけ読んで以来。

ワシ、ブンガクとは縁もゆかりもない(ヤンキー、バイク、ディスコ…)生活を五十代半ばまで過ごした関係上、
どうもねぇ永遠の文学青年特有のあの暗さとか、しちめんどくささが…どうもだめなのねぇ
まだkppの「にんじゃりばんばん」のほうが分かるタイプ
ブンガクという文字だけでロマンを感じれる人はそれでいいんでしょうが…
そういう方面のロマンは、ほぼゼロなので…結局、小説が面白いかどうか…エンタメ度が基準

さすがに二千年代の受賞作となると、サクサク読めます
特有の暗さ、めんどくさい性格のキャラ設定も若干はありますが…まぁ受忍できる程度

設定が都内住みでそこそこのリーマン青年が、
ふとしたきっかけで知り合った謎の女性と公園で会うようになり…といった話
「紙兎ロペ」のアキラ先輩臭の近藤パイセンがいいダシをかもすと、
とっちらかった母&父、知人の愛サル、ひきずったまんまの恋、…謎のスタバ女との出会い…
そして…フーセンおじさん…
ドラマは…スタバ女と名前もしらないまま…別れるシーンで
ぷっつり終わってしまう…
失われた光源…
そして、僕の心に一枚の日光写真だけが残される…
そう、その写真には
フーセンに乗って俯瞰した公園が…
…箱庭型人生ゲームが…
さまざまなシムが
またそこでシムたちは、出会い、別れるんだろう…
そして彼女の名前も知らないまま死んでいくんだろう…

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凍える牙 (新潮文庫)

乃南 アサ/新潮社

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凍てついた東京の夜に…読みたい…
(ミステリーと言うよりも)オンナ刑事もの。

ガジェットが バイク、女性、お犬様とくれば …これは読まない手はないなと思い読みました。
平易でイメージしやすく、テンポのいい場面展開、ロケーションがすばらしい。
緊張感の描写が秀逸…殺害の瞬間の序破急や…特に印象的なお犬様との対面の緊張感ある描写……
すらすら読めます。

ただ、ハナシが決定的に面白くない(ここらへんは当時の雰囲気もあるし、私が男性であることもかかわりがあるかもしれませんが…)。
やすっぽい2時間ドラマを見たなぁって感じで…(これは良い意味でも悪い意味でも)
かつてバイク乗りだった拙者は、チェイス&ハードボイルドシーンを、特に期待して読んだのですが…
ヨンフォアーでお犬様追跡とか…まじで??…
オフローダーか(せめてFTR)…コナーでカウンタステアー/アクセルターン、レインボーブリッジから天王洲までスーパージャンプとか(ジョーダンですよ笑)
とにかくセクシー&ゴージャス系オンナデカのドハデライディングを、勝手に盛り上がって期待していたもんですから…

また、1996年という時節柄もあったのでしょうか、
女主人公がオトコ社会のなかで「女性」を意識過剰気味で…
なんか「女性」であることに酔うような…くどさが…(ここらへんが逆に女性読者にとってはいいのかもしれないけど)
そのせいか、この小説はエンターテイメント小説に欠かせないオンナ性を封印してしまってるんですよネェ(ワシ視点だけど)
要するに、まったくさっぱりお色気がない
人殺しエンターテイメント小説なら…
オンナ、唄、非行(犯罪)、酒、ハードボイルド(アドヴェンチャー)、ロマン(ファンタジー)、絶望(希望)
そしてぬくもり…
どうせなら、一通りぜんぶ楽しみたいじゃないですか?
殺人犯の捜査という、かさかさした砂漠のような人間関係のなかにこそ、
オアシスが必要なんですよ…

でも読み物としての完成度は高いですし、
東京住みならロケーションはたまんないでしょう…

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アメリカのいわゆるYG向けクリスマス映画

Joseph Gordon-Levitt と Seth Rogen
のなかよしコンビに
James Edward Franco,Miley Cyrus, Michael Shannon
のクリスマスプレゼント付

いわゆる大人になりきれない3人組の聖夜のコメディ
おなじみすぎてストーリーは省略
そんなのが気になる人はNG
大人のメリーメリーファンタジー
聖夜、暇な人は見れ
小品

Joseph Gordon-Levittといえば、なんといっても
PREMIUM RUSH

いやぁ…かっこよかったねぇ ワシもファン

でもワシ一押しはメタルヘッド(やり邦題) HESHER (2010)

この映画 めっちゃよかった

しまった調子ぶっこいてザ・ウォーク録画忘れた

starCHもうねえのか…
だいたいstarCHがだめなときは wowow にあるんだが …
えーと 12月10日 あった 録画しとこ…

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AMERICAN CRIME STORY
THE PEOPLE V. O. J. SIMPSON: AMERICAN CRIME STORY 2016

あまりにも有名  O. J. SIMPSON事件
逃走劇からの いわゆる「法廷もの」
たしかに Courtney B. Vance は名演説だったけど
結末は知っているし、人種間・DV・セクシャリティ問題はネタ的表現が多く
法廷ものとしてのみごたえはない
なのでヒューマンドラマ的な要素が多かったけど、
(そこらへんは David Schwimmer がひとりがんばってた感じ)
陪審員の悲喜交々も中途半端すぎるだろう

John Travolta が登場した回あたりまではテンポがあり、
躍動があってよかった

印象シーン、
Courtney B. Vance 名演説
David Schwimmer のヒューマンドラマ…

一番いけないのは O. J. SIMPSONのドラマなのに、
Cuba Gooding Jr.=O. J. SIMPSON
の存在感がまったくないこと(まぁ終始檻の中にいるのでしょうがないんだけど)
なので逃走劇しか…残らないというドラマであった
逃走劇と法廷ドラマを交互にフラッシュするかたちでドラマやればよかったんじゃぁ~
最終回は逃走劇終盤 逮捕で締め…
素人ながら思った

雑談:
Timothy Hutton の AMERICAN CRIME とはなんの関係もない。
個人的には AMERICAN CRIME を イチオシ

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わし なんか記憶違いを起こしているような気がする
ひとと話してたら…ワシが記憶しているラストと違う…
だれか!?
家に帰って youtube 検索
Final scene of 'The Strawberry Statement' (1970)

↑ワシが記憶しているラストと違う…
サイモンが飛び込んで フェードアウトイン
場面は、大都会、街の雑踏、薄曇りの天気、クリスマス、大きなビルの前、行き交う人々、
そこに何人かの学生?がビラ配りしている なんか叫んでるひともいる
そこをぬうように通り過ぎて…ビルに入ろうとするサイモン
あの騒動の後、父が経営している証券会社かなんかに就職した
来春には父の取引会社の社長令嬢と結婚も控えている
一瞬だけビラ配りしている女学生と視線が合うサイモン
リンダだった…
でも一秒後、二人は何事もなく視線を外す
サイモンはビルに吸い込まれる
学生たちは叫んでいる
"Give Peace A Chance”
"strawberry statement"
カットイン じゃなかった?
(笑)
あれ おれ、なんかと勘違いしてる
いったいワシ、なんの映画と勘違いしてるのか?
思い出せねぇ…だれか?
それとも、ユーミンの歌を聴いたために生まれた
妄想?

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笑う月 (新潮文庫)

安部 公房/新潮社

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全17の掌編集である
すべては受動的な夢である
どんな主体的な発言も、どんな能動的行動も…すべて受動的に上映されている「世界-私」─運命(さだめ)という夢なのである
夢─私─世界─現実が、一次二次三次、多次元…複雑に陥入して、こんがらがって「猛烈な回転」して内破していく夢─世界を…「私」は、ただ受動的に受け入れるしかない…
やがてそれは、なんの痕跡も残さず…ぽっかりと消えるであろう
それでよし

ボクも幼少期からいまに至るまで不眠症に近い体質であり、
時折、夢かうつつかわらかぬ…浅い夢に苦しめられる…
浅い夢ほどたちが悪い
夢の中で夢を見る…その夢を見る…というふうに無限後退していく
夢なのか現実なのか…どこまでが夢で、どこから現実だったのか…
もういまはわからない。そのまま…生きている…(最近は生きている事実を疑問に思っている)

今朝も異常な動悸、汗、頭が痛くなるほどの高血圧…嘔吐…のなか目が醒めた
まだ暗かった…
そして…
ふと窓をみると月がこちらを見て冷たく笑っているのだ…
「白昼の意識は、しばしば夢の論理以上に、独断と偏見にみちている」(たとえばタブの研究)

「だから忠告して差し上げているんです。あまり大げさに考えすぎると、収拾がつかなくなる。最初はちょっぴりした違和感でも、その亀裂が日を追って深くなり、あなたの日常感覚を狂わしてしまう。他人との間に溝ができる。人間関係が崩壊していく、ついには生きていること自体に、なじめなくってしまう。」(空飛ぶ男)

「落伍者というのは、他人の孤独を、アンテナみたいに敏感に感じてしまうやつなんです。残酷なふりをするんですよ。それがせめてもの罪ほろぼしなんですよ…」(発想の種子)

「マニヤがカメラに求めているのは、単なる実用主義的な現実ではなく、むしろ空想なのである。…
…カメラが本来もっているはずの、現実志向を逆手にとり、結果を無視することで、現実を拒絶しようとしているのかもしれないのである」(アリスのカメラ)

「…たとえば、ゴミである。なぜかぼくはゴミにひきつけられる。あるいは、ゴミを捨ててある場所にひきつけられる…」
「とにかくぼくは、ゴミにひかれる。廃物や廃人との出会いが、何よりもぼくを触発する…「有用性」が「廃物」に負けることはありえても、「廃物」が「有用性」に屈服することはまず不可能だろう」
(シャボン玉の皮)
月は機械系ギャグ 猛烈な回転 そして…というふうに…




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「普通、物と関係する場を物と並行する方策が取られる。たとえば、原子論における空虚がその例である、だが、そうなると、物とは独立に存在する場は物とどういう関係にあるか、その存在性格が曖昧なままになる。そこで、思い切って物より物の関係を優先させる関係説が唱えられるが、関係は、あくまでも、物の関係であるから、関係とは何ぞやということになると、再び、物に帰られなければならなくなる。かといって、物を捨てて事に徹する道を進むならば、合理性の元となる自己同一者がそこにはないから学問が成り立たない。関係説は、現実としての事そのものを基礎を置こうとする志向と、合理的学問たらんとする思考の不安定な混交である。四次元多様体を使う方法は、この点、自己同一者とその総体的場を同時に供給する巧妙な方法である。」
「物理学は四次元多様体を書き込む際の文法を研究するのであって、事の世界を直接表現するのではない。これを忘れると物理的世界は実在するのか否かという生産的でない議論が生ずることになる。たとえば、物理学は、「放物線を描いて運動する石」を表現するが、「石が放物線を描いて運動するコト」を表現しない。物が運動するコトは日常言語によってしか語ることはできないのである。運動を表す式は、時間点と空間点の対応関係を限定しているのみであり、それは出来事に毫も言及していない。」(115頁)雨宮民雄「数学と質料」現代思想vol.25-9

「物体の質量はどのように知られるか。マッハの答えは、物体間の相互作用による速度の変化、つまり加速度を測定することによって、となる。では速度はどのように測るか。もちろん距離の変化だから、このようにして距離という基本量の測定に帰着する。では、時間はどうか。これは後に再論するつもりだが、図35に示したように、力学法則(配置の変化の法則)をまず確立すれば、それに基づいて時間は再構成できるというのがシナリオである。マッハの次の言葉を想起しよう──「物事の変化を時間によって測ることなど、まったくわれわれの能力を超えている、これとは逆に、時間とは、われわれが事物の変化を通じて引き出した抽象である」。これから具体的な指針を読みとるためには、投射体の運動を考えてみればよい。
図36を見ればわかるとおり、水平方向の慣性運動が時間を図る「時計」の役割をしているのである。慣性運動は「位置の一様な変化」だから、その一様な変化に即して他の変化(自由落下)の割合が測れる。そうすると、慣性運動での変化が同じベースで増えるのに対して、自由落下での変化は1、4、9、16という比率で増えていく(最初の落下距離を1とする)。これを的確に表現する手段が「落下距離は時間の2乗に比例する」という、時間を入れた表現になったわけである。」
(138-9頁)内井惣七「空間の謎・時間の謎」
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現代思想1997年8月号 特集=二〇世紀の数学

青土社

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