a0009919_11236.jpg福岡県山門郡山川町(真弓)
(今度の合併で名前が無くなり、みやま市になります)
日本昔話で有名な「洟垂れ小僧」さん発祥の地のひとつだと言われています。

山川では
すぐおとなりの瀬高町の清水(きよみっ)さんの桜は有名です。
春は、もうすぐぼたん祭りもあり~秋の紅葉も見事です
第二十八番、清水寺(天台宗)
ガキの頃、かならず遠足で登る山です。

山川にも花見するところは、色々あります。
むかしは田植え前のこの時期、豊作を祈って、
隣組総出で、地区の(原町)神社へ、お重をもって行ったものです。

山川の桜というと
テンポコ(天保古(漢字は当て字だと思う))山の平家(大)桜は…なんかどうでしょう~
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a0009919_63055.jpg尊敬する小河原誠さん訳だったので借りてみた。
現代哲学を語る上で、いま、ポパーを抜きにして語ることはできない。

それなのにポパーの評価は、一般には、あまり知られていない。
「趣味で哲学をやってる」というひとのなかにも、
さっぱり知らない、
あるいは、
分かっていないひとがたくさんいる。

もちろん、自分の哲学を極めるのには、ひとの哲学なんか関係がない。
しかし、現今の問題を考えていくうえで、哲学的天才でないかぎり、
ある程度、ポパーと同じような問題にぶつかるのではないだろうか?
ボクは、そう思っている。

ポパーの反帰納主義
つまり、帰納なんて存在しない。
あるのは創造だけなんだ。
科学は
確証されたり、真とされたり、検証されたりすることはありえない。

こういう考え方は、しばしば浅薄な反科学主義として、
受け取られがちなのも事実である。

もちろん、ポパーは科学の進化について、ほとんど素朴とも言えるほどの
実在論を立てていて、科学を、ほとんど人間の誇り、証しとさえ考え、多大な信頼と期待を寄せていた。

彼は、反証主義、批判的合理主義による、進化論的科学主義という態度を取っていた。

しかし、不勉強なボクは、ここに疑問を持つ。
なぜなら、
そもそもポパーは、歴史の目的信仰((主にマルクス主義の)ヒストリシズム)を否定した。
たしかに、歴史の目的信仰は、ある政治的形態の正当化にしかならない。
(敷衍しておけば、人生の目的信仰は、単なる自己正当化にしかならない。池田晶子さんとかにもおなじようなものを感じる…これはヘーゲルの思想に内在的な問題…)
だが、ポパーの進化論的科学主義も、結局、マルクス主義との(史的唯物論)発達・発展史観と同型(あるいはウィッグ史観)の、実在論(宗教)ではないだろうか?(ここらへんは日本だったら「世間(社会)」かなぁ)

もちろん、ポパーによれば、マルクス主義の発達・発展史観は科学ではない。
前述したように、ポパーにとって、
科学とは確証されたり、真とされたり、検証されたりすることはありえない
反証(批判)される可能性をもち、それを通して進化していくものなのでしかない。
ボクも、そんなことでナンクセつけているのではない。
しかし、科学の進化が、「必ず良いものになる」といえるだろうか?

高橋昌一郎さんが、「科学の哲学のすすめ」で、書いて居られたことだが、
要約すると、つぎのようなことは問えるのではないか?
「なぜ科学を選ぶのか?」
「というような80年代のファイヤアーベントの残した問いの前で、時計は止まったままである」
と……

ボクの答えは簡単だ。

それは生きるためだ。

なんだったら「生きる」という言葉の上に「よく」という言葉で修飾してもいい。
「なにをいうか?
 生きていくためなら、コイサンマンの生活でも十分じゃないか?」
そうかもしれない。
しかし、そうじゃないひとが多いという単なる人間の「現実」ではないか。
(現実という言葉は、非常に都合が良い言葉だが)
というか、人間とは、そもそも、そういうもの(存在者)ではないか?
結局、「人間」は「人間」を支配したい。
(天才バカボンふうにいうと)
「他人を支配することは気持ちいいのだ。」
コイサンマンだって、それぐらいの「欲望」を持っていると思う。
そういう「欲望」のままに、ボクたちは「科学」をするのだと思う。
それはコイサンマンが、獲物を追ってサバンナを駆けるのとかわらない。
(一般にはそれを良識(や文化)でもって隠蔽しているけど……ぎゃくにいうと、そういうもの(良識や常識)がなくてはならないほど、人間はハラグロイのだろう。しばしば人間の歴史はそういうものをかいま見せてくれる)

それは決して悪いことでも暗いことでもない。
明るく輝かしきことだと思う。
もしかしたら、(ポパーの顰みに倣っていえば)
人間の誇るべき部分である
とすら思える。
ボクたちも、まっすぐに「権力」に進んでいくべきなのだ。
(もちろん、この「権力」は、あらゆる制度的権力から、自然的な「力」まで含む)

それが、ボクたち人間にとっての「よさ」の根源だと思う。
(ボクは、プラトンの「善のイデア」とは、そういうものだったと思う)
もっとも、それはたぶん、天気が「悪」かったり、「善」かったりするのとおなじなのだ。

小さな湖畔の森のなかで
カッコウが鳴いている~
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a0009919_74339.jpg昨日の選抜高校野球
なんと!初出場の済美高校が、ダルビッシュの東北高校を
劇的!サヨナラ逆転スリーランで勝った。

済美高校は創部二年目、
監督は高校野球ファンなら知らない人はいない
(宇和島東の)上甲さん

それにしても校歌がいいねぇ
「今 済美(ここ)にいるから出会えたね
 共に学ぼう これからは
「やれば出来る」は
 魔法の合いことば」

 おぼえちゃったよ

春センバツの校歌というと、去年、姫路のアン君と投げ合った、
埼玉「花咲徳栄(ハナサキトクハル)高校」の歌詞も忘れられない。
「深き瞑想 我れを悟る
 春の 花咲徳栄高校~
(はぁあるのはなさき とくはるこ~こ~)」
も、
あまりにもセンバツにマッチした唄なんで、いまもおぼえている

今年の夏こそは、二番の
「輝きわたる青春
 夏の 花咲徳栄高校」
 を唄って欲しい。
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a0009919_71255.jpg桜の花が、雨に濡れそぼっている。
ほの暗い朝
淡い雨雲が 空を覆っている
地球全体が胎内に閉じこめられたかのようだ

だから
雨の朝は
どこかすっかり安心しきったところがある。
このまま、どんどん雨が降って
生きていくことが
ただ単純に肯定されてるような

そんなすっかり幸福なところがある

「今朝は天気が悪いねぇ」
「えーそうですねぇ」

道行く人の声が聞こえた。
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a0009919_1088.jpg昨日、花見に行った
ほぼ満開

帰ってきて、家族みんなで手作り餃子を作った。
皮は
小麦粉2、水1…塩2%ぐらい…ラードを入れてもいい
良くこねて
30分くらい寝かす

まな板に打ち粉しながら
十字に延ばす
それだけ

アンは
キャベツ(分量はお好みで)をまずサッとボイルして刻み
水気を軽く切り
ラー油か刻んだラード
挽肉、ショウガ絞り汁
砂糖(お好みカラメル入れる人もいるとか)
粉末の中華スープ
胡椒(お好みでナツメグ)
片栗

ポン酢か二杯酢で
どうぞ
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