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橋本治の古事記 シリーズ古典(7) (シリーズ・古典)

橋本治/講談社

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講談社 (2001/12/25)

その名の通り橋本語訳コジキ
(ただし桃尻語訳ではない)
予想した通り…橋本治が読むとコジキもこうなりますって感じです
おもしろくて すらすら読めます
理解できないところとか皆無です
小中生でも読めますよって(入門)感じの本ですが
勘所はしっかりおさえてあります…さすがです
へたなアクションホラーSF…を読むよりぜんぜんおもろい
クイーンサーガ、ハムナプトラ、ナショナルトレジャー…ファンタスティック八百万、アメノオハバリ
身体改造、性転換、androgynos、crossbreeding、Incest Taboo…
なんでもあり…anything goes 性が…全開!

トリックスター あしわらの醜男(しこお)

橋本さんからしたら、これでもだいぶ抑えて書いたんだろうけど…
人間やめる前に、まずはコジキ入門ってかたは…これ!

雑談:オノゴロ島(モデル)は地理関係から行って隠岐、玄海方面の島か朝鮮かなぁ?って、意外に竹島方面?
むかーしから思ってんだけど…

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国家を考えてみよう (ちくまプリマー新書)

橋本 治/筑摩書房

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「ちゃんと考えるだけの頭を持たなければ、ちゃんとした政治を支えることはできません。ちゃんとしした判断力をもたなければどうなるのでしょう? 「民主主義はバカばっかり」と言われる、その「バカ」の一人になるだけです。
 はっきりしているのは「大切なことはちゃんと考えなければならない」──これだけです。
 ちゃんと考えたって、そうそう簡単に、答えはすぐに出ません。でも、「大切なこと」は、ちゃんと考えて、うっかりして人に騙さないようにしなければいけないのです。」橋本治「国家を考えてみよう」
そう「民主主義はバカばっかり」…
たとえばワシなんかいくら考えても…バカはいくら考えてもバカだからバカだといわれる…バカの壁
よっしゃぁどのみちバカだから考えるのやめるか…だってひとりでなんもなしにいちから考えると、とうぜん他人とはズレるし…みんなとズレるのは恥ずかしい…空気読めてないって言われちゃう…じゃぁそういう同じ思考停止のバカとしてまぐわってるほうが「楽しいじゃん」…となるのがバカですし…
 バカは構造的であり、ほぼ物理的な違いですから、橋本さんがいくら「うっかりして人に騙されないように」とかいっても、すでにそんな文句に騙されているのがバカなんです。だいたい詐欺に引っかかるひとは、自分だけは詐欺なんかに騙されてないぞと思っているひとだそうですヨ。
 だから、やっぱバカはダメですネェ。
 それで、賢くなって賢い政治をやればいいじゃないかと思うバカは昔から多くいて、そのバカに悩んだ結果生まれたのが民主主義なんですよ。これは歴史的にそうなんです。
 たとえば、プラトン(賢人政治)や中世の神(神聖政治)とか近世の啓蒙…近代のノーメンクラトゥーラ(社会主義)他…賢い政治をやろうとしたんですが、やっぱ無理だった…
 なぜ失敗したか?それは簡単に言ってしまえば、みんな誰かのロボットにはなりたくないからでしょう。それらが決めた目的が、その社会で論理的に非のうちどころのないものだったとしても、目的が決まりきってる社会では、みんな目的に向かってロボットのように生きるしかありません。そんな社会、生きていて面白いわけないじゃないですか?
 そんな社会より、最小限の約束で、ちょっとぐらいバカができる自由(愚行権)のある社会のほうが、ずーっと生きやすいでしょう。
 だからバカに合わせた社会=民主主義社会
 民主主義社会は、みんなバカなんです…バカで良いんです
 すばらしき愚民社会(誰かの本のタイトルにありましたねぇ)
 問題が起こるたびに、バカ同士、みんなで話し合って解決する それが民主主義。

 めんどくさいですが そのほうが 永遠とか 絶対 とかよりはいいと思います…前段でいったような原理主義(強い合理主義も)はながつづきしません
 だから、そうやってその都度その都度、ちゃんと考えること、それが橋本さんが言いたいところなんじゃないかと思っています(知りません、この本まだ読んでないです)
 みんな不完全 みんなバカ バカでケッコウ!

 政治権力の始原は、よく司法権にあるとかいわれてますが、
 神の完全で永遠な裁きにかわって、民主主義社会になると不完全でバカな人間が行う世俗的で暫定的な裁きになった(死刑廃止論も根がそこらあたりにもあるんですが)。けれど、不完全でバカなワシらからみたら、なにがなんだかわからん天上のコトバ(価値)で異端審問で殺されるよりはいいと思いませんか?

さあて バカって何回言ったでしょう?
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覚え書の用途で、最近の原稿を単に結合しました - MIYADAI.com Blog

考えとしては、よくわかるんだけど

「【日本が変わるには最低30年】 」

とかいってるけど
そんなことわかんねぇ。

何千年と営々と築いてきた日本の奴隷文化…その奴隷思考を(それに戦後この方何十年の負け犬根性まで加算されているのに)、たった30年で変えられるもんかなぁ(もちろん、その根深さについてはミヤダイだって知らんわけではないようだが…見込みが甘いと思う×。…)
だいたい参加型民主主義のすすめなんか、戦後進歩的知識人の大昔からの繰り言じゃん…ミミタコ

参加主義か?権威主義か?
こういったはなしは無前提に
欧米の民主主義がゼッタイいいもんだという思想に基づいているわけだけど、
まぁそれが良いか悪いか、この際おくとしても、
ひょっとしたら日本人&日本の社会には、まったくあわないかもしれない。
人間個人だって出自来歴が大事なんだから、
その集まりである社会はいうまでもない…
無理だという断定もあってもおかしくない。
だからといって、西洋のやり方にあわないものは「後進的だ!」「アタマが悪い」といって排除しても、ますます、いびつな方向に行ってない?…
そこで無い物ねだりして背伸びするより、いまあるもので考えた方がよくはないか?…
そこでミヤダイが持ち出してくるのが、
「参加主義的談合主義」
なんだけど……
どういうもんか、正確には知らんけど、おおよその想像はつく。
それが日本の権威的談合主義をどうやって打破するのか?
凡百(ワシ)には、わからん(ていうか、そもそもそれを打破すべきかどうかすらわからん)。

権威的社会とは、このあいだの「橋本治」の「つねに勝ち組が暴走する社会」(「暴走しているのは資本主義ではなく常に勝ち組なんだよね」……というところがミソなんだけど)と考えてみれば、日本の社会は太古の昔からつねに勝ち組にぶら下がる社会
もうすでに負けそうな(死んでいる)ひとたちが、勝ち組にぶら下がって生き延びる社会
大勢のゾンビ…それはけっして自民党・役人、その仲間たちだけじゃない
多くの(パッとしない(アタマの悪い))国民こそが、そのぶら下がり(ゾンビ)の主体(正体)…
あるときは抵抗勢力の刺客に歓喜し、あるときは旧政権を泥棒呼ばわりして民主党を応援する(天皇陛下バンザイとやってたひとが、敗戦の次の日からアメリカ万歳、民主主義バンザイ)
ぶらさがり…ぶらさがり
あっちへぶらぶら、こっちへぶらぶら……日本国民

選挙後、世間では「「お手並み拝見」という態度が拡が」り、「自らが引き受けるものとして政治を捉える経験がない以上仕方ない」「お任せ主義」
ミヤダイは嘆いている。
たしかに、欧米の高邁な民主主義文化からしたら、そうかもしれないけど、
日本の奴隷文化からすると、そうでもない?(笑)。
だって奴隷にとって、政治なんか主人の名前でしかない。
誰にお仕えしたところで、奴隷は奴隷なんだから、しょうがない。
どれが一番得か…あるいは一番損しないか…それしか関係ない…それまでは高みの見物が奴隷の立場。
頭でっかちな自己決定主体に基づく社会を目指す高邁な民主主義者は、奴隷、奴隷といってバカにするが、
奴隷は隷属することによって、主人の自立を支えているわけで…そういう意味では社会・主人を支配してもいる存在。
奴隷の支持を失えば、主人ですら、とたんに奴隷に追いやられる(もちろん奴隷として生きていけるかどうかは知らない)……おおみたから。

奴隷(日本人)は、高邁な民主主義はわからないけど、損か得かなら、かなりわかる。
そもそも、日本人の民主主義の受け入れだって、欧米の高邁な思想に心打たれたからではまったくない。戦争に大負けに負けて、勝ち組に乗った方が得しそうだったから…やっぱ損か得かで受け入れてきた…つまり、日本では民主主義・人権すらも勝ち組ぶら下がりとして成立してきた。

「じゃぁこのままアタマの悪い奴隷のまんまでいいのか?」
と言われれば、ワシのような凡百ですら危惧するが…
賢い奴隷ってのもあるのか…わからん…
ともあれ、こういう風に書くと、すぐに東西の二項対立で考えたがるひとがいるけど、そういうことが言いたいんじゃない。
結局、大半の人間は、高邁な思想なんかで指一本動かしやしない、損か得かでしか動かないんだから……
あれだけマスコミから高邁な思想が垂れ流されているにもかかわらず、結局、大半のヒトがやっていることは高みの見物…一事が万事…論より証拠
高邁な思想を分かったふりをするよりも、ホントに分かっていることだけで、考え…はじめたほうが…いいかも??ってことで

それで
ちょっとここで、いまあるものを整理してみよう
百姓、奴隷思考(おまかせ主義)=「お任せ」「ウヨ豚」、「2ちゃん系ウヨ豚」-負け犬根性、民主党、お仲間社会・ムラ社会、守銭奴、高みの見物、アタマが悪い、後進的、英霊、借金…

汝、自身を知れ!Gnothi seauton
マトリックスか!?

なかなか気分が良くなってきた…(´ー`)y─┛~~


なお利己主義は、巷で言われているほど、浅はかな思想ではなく、なかなか深遠なる思想である。

ちなみに自虐史観なんかわしゃ関係ない(ヤンキーだからな)。

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……盲信者ばっかり
結局、ぶら下がる対象(勝ち組)が欲しいだけ??

「《日本が近代を迎えるにあたって必要だったのは、”自分の頭でものを考えられるようになること”だった。それこそが”個人の内面に語りかけられるべきこと”で、制度社会との調和から離れてそういうことをするのに慣れていない日本人は、その”内面に対する語りかけ”を”宗教”と錯覚した》ということである」(128頁)

「自分の頭でものを考えると、当然のことながら、”孤独”というものがやって来る。そうなると、日本人の多くはすでに心細くなって、「この心細い自分をなんとかしてもらいたい」ということになって」「すぐに”救済を求める”に行ってしまう。」(122頁)

「”自分の頭で結論を出す”くらいの我慢」もできないで「すぐに”救済を求める”に行ってしまう。……私もとっても大胆なことを言うが、日本人は「理屈であれこれ考える」ということに弱くて、「信じれば救われる」という方を選ぶ。」(124頁)

「答はエラい誰かが持ってきてくれるもんで、そんなことを考えるのはメンドくさいから、おとなしく待ってる」と、まるで渋谷駅の忠犬ハチ公のようになっている」(87頁)

「はっきりしているのは、「日本人に一番必要なものは”宗教”ではなく、”自分の頭でものを考える”という習性である」ということだ、」(87頁)

「若いやつは自分の頭でものを考えようとするが、そんな若いやつを取り巻く既成現実の方は、自分の頭でものなんか考えない。自分の頭でものを考えない人間に取り巻かれて、若いやつは”孤独”の中に落っこちる。世間が”自分の頭でものを考えることの孤独”を知らないのだから、若いやつは、当然のこととして、そんな孤独に堪えられない。
 孤独になった青年がアップアップしてオウム真理教にたどりつくのはもう少しのことである。」(128頁)

「日本人は孤独に弱い。ものを考える人間は特に。だから、”自分の頭でものを考えるは、すぐに”救済を求める”に行ってしまう。”自分の頭で結論を出す”くらいの我慢をすりゃいいのに、そういうことになる。」(123頁)



味方なんかいない…みんな孤独( ^Д^)ゲラゲラ
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<自民総裁選>積極的な名乗りなく、中堅・若手も覇気なく (毎日新聞社) | エキサイトニュース

あえて言う「がんばれ自民党!」 - 『内憂外患~どうするニッポン』 - Infoseek ニュース

そうッ パパが死んじゃったら
もうパパを叩けなくなっちゃうもんね
パパを叩く芸((アンチ)商売)ってのは、パパが強いってことが、前提だもん。
そんなパパあっての芸…
死にかけてるのに、いまだにテレビでは
ジミン…アホウ総理をパパとして叩く…
パパ→強い・恐い→悪い
パパが「強い」と「悪い」のは、
ボクがママとセックスするのに邪魔だから。
だから、メディアの中だけでも
仮想パパをやっつけて、
仮想ママと仮想セックス…
「ボクだってオトコなんだ」…仮想全能感…
パパが死んでもなお執拗に叩き続けるのは…そのせい?
リビドー( ^Д^)ゲラゲラ
だいたいバッシングやアンチを好んでやってるやつらは、
そんな甘酸っぱい思春期止まりの精神年齢…マザコン・ファザコン=AC。

本当に戦わなくてはならないパパとは戦わないで、
こういうメディアのなかの仮想パパ(パパの代理)を叩いて…
勝ったつもりになろうとする…
そんなニーズに応えるようにメディアは、もし現・仮想パパが死んでも、
新しい仮想パパを次から次へと制作してくれる
そうやって弱い自分から眼を逸らし続ける……永遠回帰するクルクルパー
結局パパとママの依存から永遠に抜け出せない…ワシ
とか…

「どうして男は“男”をこわがるのか?」by 橋本治

ホモフォビアこそが、人類、最大の蹉跌か( ^Д^)ゲラゲラ
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この本。
かんたんに言っちゃうと、
小泉改革…その前中後を語った本。

最初に言っておくと、
この本の「あとがき」は、
おもきしモンキリで古く、
使えないハナシなのでパスします……。

以下箇条書き風にまとめずに…
書いてみますた。

・勝ち組/負け組指標を利用して隠そうとしたもの……
そう。何かが語られるとき、必ず、なにかが隠される。
そのことのほうが、時として大事なときがある。
みんなが混乱したり、取り乱しているときは……特に。

ぬあんか、こんなハナシを聞いちゃうと、
死んだ会田雄次のハナシを思い出すんだなぁ…
会田のハナシってのは、
「終戦」の反省をシカツメらしく語っている人たちこそが、
じつは敗戦を隠した(い)張本人だったっていうこと……。
あれだけ多くの反省が語られているにもかかわらず、
じつはそれこそが彼らの責任を隠すものだったってぇこと。
(ここであの「アーレントの責任」を引いても良いが)
じゃそれは誰なのか?、
会田によると、軍人はもちろんだが、
戦争を煽ったマスコミ、多くの教育者、お役人…
この指摘だけは、ホントに大事だと思うなぁ(といってもひとは、所詮勝ち組にしか乗らないから
意味無いかも?)。
以下は会田弁
「一番励んだのは官僚でしょう。いわゆる無名のまま背後で煽った連中です。自分の名で戦争を起こして敗北したら当然処分されるはず。東条英機(ママ)すら自殺しようとするぐらいですから、名前が出た人々は覚悟していたと思います。しかし第二線級の連中はそんな覚悟もなしに煽っていたのでしょう。
 無名の人々で次に挙げられるのは新聞人です。マスコミです。彼らは激しく煽ったにもかかわらず、誰がやったと言いだしたら自分の身が危ないから、一斉に隠しましたね。…(中略)…
 その次に挙げられるのは学者、教育者だと思います。煽ったのは特に教育者、教育学者ですね。『戦争へ行ってこい、御国のために死んでこい』といい続けていた。」
「その代表は、東京帝国大学教育学部の連中だったと思います。その中心人物の海後宗臣など戦前は、徴兵不合格者は罪人だから罰せよと書いていたのを私ははっきり覚えています。不合格になるような奴は身体が弱くてお国の役に立たないから処罰せよと主張した。そんな連中が、梅根悟、宗像誠也等以下そのようなことを書いた人物が、戦後は急転直下、侵略主義の権化天皇の排撃ですよ。一言の弁解もなしにね。立場が変わったので有名なのは歴史学者の家永三郎ですが、彼の場合には変わった理由はっきりしている。戦前は皇国史観を説いていましたが、戦後は百八十度転向した。ただし終戦直後に変わったのではなくて、自分が東大の教授になれないと知って急転直下左翼になった。彼はまだいいと思う。というのは、あれは彼の個人的恨みだということが、人から見てよくわかるからです。」
「彼(ビルマの最高司令官・木村兵太郎)大将は気分としてどうしても許すことができない。あの男は片腕を失った兵隊でも除隊を許さず敵にかみついて死ねと前線に送りだした。だが英軍が来るとラングーンに何万という日本の婦女子、看護婦、一般市民、それから軍隊を置いて逃げ帰ってしまった。卑劣とも何ともいいようがない敗戦責任者です。だから戦犯で処刑するのではなくて、敗戦責任で殺すべきだったと思う。部下をおいて逃げて帰ってしまった司令官はそうされてしかるべきです。しかも彼らは逃げて帰る時の飛行機のなかで辞令によって昇進している」
「私は少なくとも戦争中に将官になっていた人々は、天皇陛下の命令で任務についたわけですから、全員切腹するのかと思った。昔の武士のように腹を切るのだと思った。ところが阿南陸相など四、五人が腹を切っただけでした。それどころか、日本人はその人たちを戦後持ち上げた。なかでも辻参謀というとんでもない破廉恥男を、参議院でトップ当選させた。この男は単なる人殺しです。こんな男を選挙で当選させるから、ますますわけがわからなくなった。
 一方B、C級戦犯の場合のように明らかに無実の男が残虐行為だといってどんどん絞首刑になっているにもかかわらず私たちは反抗もしなかった。けしからんともいわなかった。戦後の無責任時代、責任逃避時代は、こういった亡国日本が敗戦処理もできずに、狡猾な変節漢・無責任人種をのさばらせたことから始まったと思います。」(p.13-14 会田雄二「日本人は敗戦を認めよ」月刊【発言者】Aug.'95.(西部邁事務所))
まことにお説ごもっとも…である。

橋本は、勝ち組だ!負け組だ!とか、そういうものを必要としていた人たちは、
じつは勝ち組ではないひとたち、
「パッとしない人たち」だったということに注目している。
パッとしない人たちは、負け組ではないものの、このままいくとずぶずぶと負け組にスライディングしてしまうパッとしない人たち
「本当だったら”負け組”にカウントされた方がいい人」(p.84)
このパッとしない人たちが、ぶら下がる対象として勝ち組(いわゆる”トレンド”ってやつかな?)を期待、必要としていた…
会田のハナシと関連があるのは
このパッとしない人たちが、勝ち組にぶら下がっているあいだは、いままでの(バブルや無策の)反省しないですむ
無責任ですむ……「「本当だったら”負け組”にカウントされた方がいい人達」は、「勝ち組」にぶら下がって生き延びる」(p.84)
会田なら
「「本当だったら”戦犯”にカウントされた方がいい人達」は、「占領軍」にぶら下がって生き延びる」
っていうおハナシ…
うーん、にゃあるほどとは思うけど…
ただ、
勝ち組/負け組なんてハナシ(図式)は、
変わらずに古い話じゃねッ
日本人なんか、つねにそういう思考法でやってきたんじゃ。
雑駁にあげても、源平、関ヶ原、維新、戦争、ヤスクニ、イジメ、郵政選挙、バッシング炎上…みんな常に勝ち組ぶら下がり論理
つねに勝ち組が暴走する社会…ニッポン!チャチャチャッ!

・バブル崩壊後の日本のことを書いているけど、かなりの部分は郵政選挙&小泉改革について。
郵政選挙の橋本の認識は、
そのむかし紹介した石川好とほとんど同じと言っていいじゃないかなぁ?…(p.80)

このなかで
「小泉にしたがったほうが得だと思ってしたがった人たちが大半だったということが見過ごされている」という指摘をしている。

やっぱ日本人は民主主義は分からなくても、損か得かだけはよーく分かるんだよねぇ
こっちの線のほうが、なんとかマトモなみんしゅしゅぎが成り立ちそうな気がするんだけど……功利主義じゃなくて損得主義

「重要なのは、その改革が適切かどうかではなく、それを言っている人たちが勝ち組かどうか?」(p.91)
まったくもってその通りだよねぇ。
たとえば、勝ち組コイズミ(郵政改革)に対するマスコミの最近の対応とか…
その逆が、アソー。
世界って不条理だねぇ?(笑)

「我慢がなくなった」(p.202)
んじゃなくて、我慢が変質してしまっただけだと思う。

・それにしても、なんでこうも
他人にぶら下がって自分のあたまを取っちゃいたい人たちが多いのか?
って思うかもしれないけど…
まぁぐうたらなワシがじぶんのことを言わせてもらえば…
ヤッパ楽なのねぇ…考えなくて良いっていうのは…。
オンブにダッコで、バンザイなのよ。
ひょっとすると日本国民って、一度だって、自分で考えて行動したことがないのかもしれない(笑)。
「そんなバカな!」「ふざけんな!」
って、日本人であるあなたは思うかもしれないけど、
きっぱりと言っちゃうと、そういう見かただって充分に成り立つと思うんだなぁlollol。

勘違いしちゃいけないのは、
そういったぶら下がりは、低学歴の家庭の主婦やアホなオヤジ&若者だけじゃないってこと。
ていうか、そんなことを考えている、ちょっと教養ってもんがあるオジサン・オバサン…のほうが、よっぽどべったりぶら下がり。
そんなオジサン&オバサン(オニイサン&オネエサンも加えてもいいけど)ほど、最新の思想やカタカナコトバ、小賢しいリクツ(最新のトレンドってやつ)にべったりでしょう?。
ドゥルーズが何を言ったとか
最新の思想はマルチチュードが核心とか
だれそれが権威がないとかあるとか
人の考えだけが頼りのくせに、
自分で考えたつもりになってる
こういう「パッとしない人」がタイハン。
だからよけいにタチが悪いわなぁ。
かくいう、こんな新書を読むワシも…
こんなもん読んで、安心して、頭とっちゃいたいために読んでることになるなぁ(哲学・思想書なんか好きなひとは、みんなそうかも(笑)。そういうもんを振り回せば、それで安心・幸福なんだよ)。

・相変わらず
目覚めよ!、システム(現状)からの脱出!
を説く気味の橋本だけど

といっても、みんなソクラテスになるわけにはいかないしねぇ
要路のことは要路の人にっていう考え方だってありでしょう?…
めんどくさいことは他人にまかせといて、
楽しいことだけ考えて(自分の幸福だけ追求して)生きる…
それもあんまりだと考えるなら…
結局、テキトーが一番良いんじゃねぇ

少なくとも、
ぶら下がるかどうかの問題じゃないかもねぇ
それぐらい人間って業が深い?

・ハシモチにとって、日本の社会は、あくまで”完成されたシステム”(ワシが思うに、たぶんに欧米型民主主義を超えているという意味で)で、その完成された社会を改革をすれば、自分たちの既得権益が損なわれるということは分かっている、しかし、このままではどうにもならないということも同時にわかっている社会なのねぇ

「自分たちの既得権益は減少し続けている」「自分たちはなにもしないが、誰かがなんとかするべきだ」というかんじで、勝ち組の暴走は十分に待望されていた…
このことは前にも書いたねぇ
ただ、待望されてない時代ってのが、たぶんに見あたらないと思うんだ。

まぁ「あとはよろしく」……ってことで
いまのポストコイズミの政局は、これを読んでから…なんて言って良いのか?

※太字は基本的に引用……と思う。
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なぜ、彼らは立場表明=既成のコンテンツを消費するだけで良いのか?

このあいだの、荷宮が若者に対して同じような疑問をぶつけていた。
彼らにとって
「「自分を非難しない人」=「いいことしか言わない人」=「自分に好意を持っている人」=「味方」=「関わり合いになりたい人」
「自分を叱咤する人」=「自分を非難する人」=「自分に敵意を持っている人」=「敵」=「関わり合いになりたくない人」というわけである」(57頁)荷宮
つまり、彼らは、先に敵-友(味方)を設定したうえで味方としか関わろうとしない……というわけである(前にも云ったけど、それは若者だけの特徴ではないことはいうまでもない)。
それにしても、
なんだって、シュミットみたいにささくれだって「友-敵」を設定しなきゃ駄目なんだろう?
(浅羽なら、そこに学校化を見るかもしれないが)

たぶんに、そんなところでは、あらかじめ邪魔者が排除された世界でしか通用しない言葉を喋ることが求められているだろうし、
も少し言い方を変えるなら、
彼らの言葉について異議を申し立てる邪魔者を、あらかじめ排除した世界を作ることが求められているような気がする。
要は、お仲間社会で、ぬくぬくとまぐわうために自己の立場を表明する……ということになる。

それにしても、
なんでそんなに仲間とぬくぬくとまぐわっていたいのだろうか?
橋本治が、以前こんなことを云っていた。
「日本人は孤独に弱い。ものを考える人間は特に。」(123頁)
社会や世間、仲間からズれることを極端に怖がる。
仲間からずれることを怖がる者は、しだいに”自分の頭でものを考える”ということをしなくなる。
ていうか「自分の頭でものを考えて、外の社会とずれたところへ行ってしまったら、困るからである。」(127頁)
「自分の頭でものを考えると、当然のことながら、”孤独”というものがやって来る。そうなると、日本人の多くはすでに心細くなって、「この心細い自分をなんとかしてもらいたい」ということになって」「すぐに”救済を求める”に行ってしまう。」(122頁)
つまり、日本人は、「自分の頭でものを考える」=「すぐに”救済を求める”に行ってしまう。」
「”自分の頭で結論を出す”くらいの我慢」もできないで「すぐに”救済を求める”に行ってしまう。」
「私もとっても大胆なことを言うが、日本人は「理屈であれこれ考える」ということに弱くて、「信じれば救われる」という方を選ぶ。」(124頁)


理屈であれこれ考えるより、ただ既成(左右)のお題目(模範解答(コンテンツ))を唱える(消費する)ことによって…
救われたい。オウマー、サヨク、プチナショ…みたいに頭を取りたい。楽になりたい。
”個人の救済”を、そこに求めている…特に自称テツガク者は、そういう傾向の人が多い…わけか

「よりいじましい宗教的行為の戯画に陥ってゆくのがオチ」浅羽

橋本は、若者についてはこう記している…
「若いやつは自分の頭でものを考えようとするが、そんな若いやつを取り巻く既成現実の方は、自分の頭でものなんか考えない。自分の頭でものを考えない人間に取り巻かれて、若いやつは”孤独”の中に落っこちる。世間が”自分の頭でものを考えることの孤独”を知らないのだから、若いやつは、当然のこととして、そんな孤独に堪えられない
 孤独になった青年がアップアップしてオウム真理教にたどりつくのは、もう少しのことである。」(128頁)
せめてワシは離れていよう…

橋本治「宗教なんかこわくない」
荷宮和子「若者はなぜ怒らなくなったのか」
浅羽通明: 天使の王国―平成の精神史的起源
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テレビで
むかしの、いわゆる青春映画ってやつを2本観た。

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ワシは、ずいぶん前に観たけど、
正月、家でゴロゴロしているガキが、
なにか面白いものないかというから
紹介した。

青臭いってのは……

やっぱり、いいなぁ~

見るつもりはなかったが、
さわりをみてたら、
いつのまにか、あれってかんじで、
二本とも、最後まで
見てしまった。

アウトサイダーを見ていて、
あらためて思ったのが
橋本治の「人はなぜ「美しい」がわかるのか」
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この映画の stay gold な夕焼け(stevie wonderが唄ってる)…
そうそう、あの本で、
ハシモチが言いたい「美しい」って、
これじゃないかって、ずっ~と思っていた。
(ハシモチは意外とハイデガー)

LIFE ~ステイ・ゴールド (日本編集BEST)
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もっともワシはハシモチのように、
「「美しい」が思考停止から生まれる感情で、直接的にはなんの役にも立たない認識」(43頁)
とは思わない。
むしろ、そういった「感情」は、停止している(なんにもない「無」みたいな)ところから始まる(生まれる)んじゃないかなぁ~
停止→感情→思考
「停止」っていう言葉が適切な命名なのか?自信ないけど、
とにかく「美しい」が思考停止だなんて、どうでも良いことなんじゃないかなっていう気がする。
もともとなんにもないところにポカンって感じで生まれてくるもんなんだから~

じゃ、そのポカンはどこからだって、いわれても分かんないよ
分かんないから??
「停止」は忘れ去られてしまう。
「その時ワシは「美しい夕焼け」になった」



リアリティ・バイツは、
アウトサイダーにまして青臭い。
アウトサイダーがヤンキー系だとしたら
リアリティ・バイツは、ちょっと年齢高めの
ボッチャン(ソッシュ)系
特にブンガクボッチャン(オタ)系には、オサレで泣かせる作りである。
ウィノナ・ライダーがいい。
これもブンガクボッチャン系(オタ)好み…と思う。
「オレは「卵50個食べれる」」
「タバコと5ドルのコーヒーと
君との会話があればいい」
まじ!それ!って言いたくなる…
反面、ワシ、オッサンなので
「だけど男は…その5ドルと君との会話がなくて、
ボッチャン(ソッシュ)小学校に討ち入りしたりするもんだよ……」
とかツッコミ入れたくなる……
ちょっとオサレ過ぎるきらいがあるが…
ま、青臭いのは……
若者の特権ってことで
ご愛敬……
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鉄鼠 : 「秋は夕暮れねッ」
いやいや、そのままでは、読み解けない。
まがりなりに「近代の社会」を志向する橋本治と、
その「近代」を批判するニーチェ
一見すると
まったく正反対の主張のように聞こえる。

ところが橋本さんが志向する
「個の調和による非制度社会」は、
ちょっと言葉を換えるだけで、ホルクハイマー-アドルノとか、特にニーチェの芸術に関する心情と……非常に似通っている…ていうか…(ワシには)ほとんど、そのままじゃないかと思えるのです(たぶんにそういうふうに読んでいる読者もいるのではないかな~)。

「そもそも橋本治がいう「非制度社会」とはなんだ!」
「制度がない社会なんて社会っていえるか?」
って理屈をいうひともいるでしょう?
たとえば…それを…原始社会、動物の社会……といっても、
まだ「それが社会といえるか?」
といえます…
百歩譲って、それが「社会」だったとしても
習慣(好悪)や習性みたいなものを、どこまで「制度」として扱うかで争うと、なかなかややこしくなります(否、ほとんどいい加減なものになるでしょう)。
はっきりいって見通しも暗い。
「個の調和による非制度社会」へはほど遠いです

そこで、「社会」というややこしい言葉を、ニーチェの「自由」に読み変えてみるということをします。
「非制度社会」と「制度社会(おやじ社会)」という橋本さんの対比を
制度以前の自由(ニーチェ-非制度社会)」と「制度以後の自由(リベラリズム-オヤジ制度社会)」(三島憲一)
こうしてみると、ぐっーとハナシがわかりやすい。
簡単に云うと、近代(制度・効率性)に対して古典(非制度・非経済性)を対置させる(ちょっとこのパラフレーズには、問題ありですが…)。
用語の違いはあるにしても…
古典から橋本「近代」を語る橋本さんと似てないかなぁ…( ^∀^)ゲラゲラ
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今日は、
朝から、橋本治さんの「人はなぜ「美しい」がわかるのか」を読みました。
朝から、こんな本を読むとは、なんと不健康な!と
お嘆きのゴキ系、もとい御貴兄もおられると思いますが
最後の方の、ハシモチさんの近代-孤独論だけは、なかなか刺激的でしたので、そこんところだけ。

さて、いつものように甚だしく混乱したハシモチさんのハナシぶりですが、
近代-孤独論に関してだけは、かなりしっかりしたハナシです(これは何回かこのブログでも紹介しましたが)。
「「孤独」というルートが、途中でUターンして、前近代の制度社会へともどることを「ゴール」としてしまったからです」(255頁)
本人に訊いた訳ではないので、よくわかりませんが、これは最近のプチナショなど(もちろん、それだけじゃない)…一連の世の傾向の比喩としても読める気がします。
ハシモチさんによると、人は、近代によって(自立を要請され)孤独を自覚し、「だから」自立へと向かい、個人となる。
そもそも高度情報化社会&ツールも、孤独を要請された近代の「孤独な人-個人」のためのものでしかありません。
孤独を自覚し、自立へと目覚める……個人-近代人
ということでしょうか?

そこで、ハシモチさんのハナシをワシなりに敷衍すると、
世の中には、
二種類のやっかいな人たちが居ることになるんじゃないかと思います。
ひとつ目は
「孤独になってるのに、全然、それに気づかない人」
これはやっかいです。
俗にこれは「バカには勝てない」「バカは死んでも治らない」と言われる所以です。
バカだから、自分のバカに気づかない。
自分のバカに気づかないのがバカ。
こりゃあ他人からは、どうしようもないことです。
こういうひとのなかでも、特にやっかいなのが、
「ニッポン」や「ニッポンジン」、「シャカイ」、「ミンナ」なる音声だけで、手足が条件反応してしまうバカでしょう。
ハシモチさんがいう「制度社会」の中で、いわば部品として埋没…「無難に埋没している中年男(ワシ)」とか
…ハシモチさんの色分けでは前近代人になるでしょう……
ふたつめは、前段でも言ったような、もうちょっとすすんで
「確かに孤独は自覚するんだけど、やっぱり、孤独になるのが恐くて、中途はんぱなところでUターンしてしまう人」
ネットでもいます。
若いのに政治家が悪い、社会が悪い…
なにがどう悪いか、ホントは何も分かってなんかいない。
ほとんどは、社会に対する漠然とした不安…若い人の場合は、そんな「社会(世間)」へ出る漠然とした不安が…
「社会から仲間はずれにされたくない」不安が……
そうさせているだけってことが多い……
そりゃあ、もうガキの頃から、学校で、そんな「世間」の刷り込みだけで生きているから(だから仲間はずれにされただけで自殺してしまうガキまでいる)、
世論とか、ジャーナリズムとか、流行とか、etc…なにがなんでも仲間になってまぐわるしかなくなる。
ハシモチさんの言葉を借りれば、「仲間になれば、生活の保障をしてくれるシステム」があるはずだと、たぶんに信じられているからでしょう。
もうそうなると、ほとんどの場合、仲間になるために、
自分の頭をとりたい人が続出します。
なぜなら、自分の頭があると、自分の頭でものを考えるということをしてしまいます。でも、自分の頭でものを考えるということは、「オレの考え」を持つことだから、必然、仲間とズレます。
それじゃ仲間になれません。
ズレていると、キショクの悪いヤツだといわれて、仲間はずれにされます(このような事態は、日本人がもっとも恐れている事態です)。
「孤独に転落したくなかったら、この制度に従順であれ」(257頁)
頭をとりたい。
WCのサポーターだ!、嫌韓だ!プチナショだ!……みたいなもんにひよって、ニッポン!ニッポン!ニッポンジン!…「ミンナ一緒!」とか叫びたくなります……
「孤独になるのが恐くて、中途はんぱなところでUターンしてしまう人」
仲間はずれが恐くて「前近代オヤジ(制度)社会」へUターンしてしまう……
ホントは頭をとってるくせに…自分の頭でものを考えたフリができるようになると…
まわりから、仲間=大人(オヤジ)になったと認められます。
こうして…典型的な「無難に埋没した中年男」が作られていきます。

ハシモチさんによると、
こんなUターン現象を生んでしまったのは、
せっかく、がんばって、近代になったのに
「「近代になってもまだ近代国家を作る」という矛盾」
みんなが簡単にスルーしちゃったから……だと言います。
うーん。なるほどぉ
ここまでは、「なるほどなぁ~」
という感じはします。
そして、
ゴールは、そっち(Uターン「前近代オヤジ(制度)社会」)の方向ではなく、こっちのほう……
というのも分からないでもない。
方向性は分かるけど……
「近代の非制度社会」
「個の調和」

というのは、どうなんだろう……??
と思います。
ハシモチさんは、
「それは、まだないから、さっぱり分からない」といいますが、
そうではないと思います。
二つのキーワードを、ワシなりに、整理すると
ハシモチさんの言いたいことは、
こうなります。
「個の調和による制度のない社会」
しかし、それって
それが出来たら、苦労なんかするかっていうハナシじゃないですか?
ここらへんで極端にファンタジーユートピアです。

整理しなおすと……
「前近代オヤジ((制度)社会)」は、近代に出会って、確かに、人は自立のために、一旦、バラバラに孤独にされたんですが、いざなってみると、やっぱり孤独はさみしくて、恐い……まぐわって、甘えていたい…
孤独→自立とはいかないで、
孤独=仲間はずれ→転落(悪)の図式から、またもや「前近代オヤジ(制度)社会」へUターン。
やがて、その「前近代オヤジ(制度)社会」のなかで「個」は埋没して、孤独-自立は、「許された時間の囚人」へと変質してしまう……

要するに、
ハシモチさんが言いたいのは
民よ目覚めよ!
wake up!
wake up!
立て!
立て!
立つんだ!じょー!
ということでしょうか~

すっかり教養小説です。
ワシのような無能な「許された時間の囚人」でも
ビルトウングスすべきでしょうか?
(ここらあたりで、ありきたりな進歩史観バッシングはやめときます)

「無能な許された時間の囚人」
「無難に埋没している中年男」……といわれても
けっこう気楽なんですが……いけないかなぁ~( ^∀^)ゲラゲラ

「大人は自由である。習慣や慣行に服従して大人しく生活することは楽しくて快い。動機はどうであれ、既成のライフ・スタイルに乗ることが一番良い生き方なのだ。確かに大人は、そんな生き方が最善のほんとうの生き方でないことは弁えている。しかし大人は、人生において最善のほんとうの価値を求めても仕方ないと割り切っている。それが大人というものだ。だから大人は気楽なのである。
 そして大人はデカルトに言うだろう。自分の人生を囚人生活に喩えられてもかまわないが、わざわざ苦労して脱獄する積極的理由があるだろうか。家庭や会社や社会を捨てるのは大人げないやり方だし、それは一部の変わり者の特権にすぎない。捨てたい者は捨てればよいが、自分は持ち場を離れるわけにはいかないし、そこで満足するしかない。脱獄こそが最善の道だと言いたい者には言わせておけばよい。悩みつつ牢獄に甘んじる大人の心情を、デカルトは分かっていないのだ。〈目覚めよと呼ばう声〉は音楽会の時だけの話だ。」(小泉義之:76頁「デカルト=哲学のすすめ」)

さてはて
どっちが気楽な人生かなぁ~( ^∀^)ゲラゲラ

と…チェインギャングは歌い出す…


鉄鼠 : ニーチェで読み解く橋本治(笑)


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