「サヨク」という言葉について

この言葉が、ネット上、誰彼なしによく聞くようになったのは
いつ頃だろうか?

一知半解の
バカが考えそうな
杉板企画、レッテル貼り。
バカは、見てくれで判断する~
「政治に興味を持つのは高尚そうだ~
かっこよさそうだ~
だけど、バカだから、
何を読んでも、ワケワカラン、
ワケワカランから、
ここは受験勉強で培った、
マークシート~色分け
サヨクとかウヨクとかいえば
分かり易い。
早わかり……」
というぐあい
杉板。

ワシが思うに、
サヨクとかウヨクとかは、べつに良いんじゃないかと思う。
あいつらはあいつらで、
ちゃんとカンバンつけて、シノギ削ってるわけだから
分かり易いし、そんなに害悪はない。

ワシが思うに、
問題なのは、そいつらじゃない。
そうじゃなく。
そういったサヨクのあまやかなにゅるにゅるしたリクツや言葉(「やさしさ」とか「レンタイ」とか「平和を愛する心」とか「日本とか」)だけ、
オサレにぺたぺたとぬりたくるだけぬりたくって、さも「わたしは善良な市民です」みたいな、そういうやつらのほうが(ちょっと高度になると「私はダメな人間です」みたいになる)、
サヨクとかウヨクとかよりも何倍もいて
はるかに悪質で、はるかに問題だと思う。

こういうやつらは、
たのみもしないのに社会のため、他人のため、ボランティアもし、弱者を助け、他人の幸福すら望んで、悩んでみせる。
が…結局は、じぶんが、善良無害な社会、平和を愛する市民としてみられることを通じて、
社会での勝利(称賛)を得たいだけじゃないのか?(あるいはもっと控えめにいって、悪い人間と目をつけられたくない、嫌われたくない)。
そういうこっ恥ずかしい自己愛を巧妙に隠すため、
すべてはそのために、社会の中をオサレにうまく立ちまわって演技している……。
「彼らは、社会的に「賢い」からこそ、より危険なのであり、社会的に報われているからこそ、より悪いのである」中島義道34
そう、少なくともそういうことを一点として疑わない善良な市民……
これこそがボクにとっては悪であるし、(たぶんに社会にとっても)問題なのである。

サヨクとか、悪罵を投げつけるやからの一部には、そういった政治的性質よりも、ホントは、こうした人間の性格が我慢ならないのではないかと思う。

ボクの好きな映画監督・作家の一人でもある
森達也は、自分がサヨクだと批判されて、次のようなことをいってる。
「資本論すら読んだことがないし、階級闘争など信じてないこの僕の、いったいどこが左翼なのだろう」
たしかに、そうだ。
彼は、サヨクではない。
しかし、ピースボート(世界一周クルーズ)に乗り、
ピースボートの反体制的な志向性は、実際に世界を訪ねて交流した経験や実感がベースになっていると指摘して、次のように記している。
「ボランティア、ビデオ・ジャーナリストたちのほとんどは、アメリカの侵攻に異を唱え、自衛隊はサマワから撤退すべきと口を揃える。なぜなら彼らは実際に見たからだ。実際に見て、触れて、聞いたからだ」
「当たり前のことだけど、「知ること」は大切だ。知識や素養じゃない。感覚が大事なのだ。見て、聞いて、話すことだ。集団や組織ではなく、一人一人の個を知ることだ。そうすれば、実感できる。~中略~誰もが笑い、泣き、親を敬い、子を愛し、初恋に胸を焦がし、同じ失敗をくり返し、でも必死に生きていることを。自分との違いなど、何もないことを。だから誰もがリベラルになる」

結局、こういうにゅるにゅるしたことを言ってしまう彼の感覚が、前述のネット住民からすると、いわゆる「サヨク」なのではないだろうか?。
これを読めば、彼(森)の感覚だけが、高く、善良で、正しくて、
そうは思わない人は、鈍感で、邪悪、間違っていると言ってるだけ。
国際ジャーナリストやボランティア、ピースボートに乗れるひとだけが、正しい感覚を持てることになるし、持っていることになる。

「誰もが笑い、泣き、親を敬い、子を愛し、初恋に胸を焦がし、同じ失敗をくり返し、でも必死に生きていることを。自分との違いなど、何もないことを…」
そう感覚すれば、人を殺すなんて、戦争なんてなくなるはず?……と言いたいのだろうが
残念ながらワシはピースボートには乗ったことはないが、彼の実感はすごくよく分かる。
しかし、
「誰もが笑い、泣き、親を敬い、子を愛し、初恋に胸を焦がし、同じ失敗をくり返し、でも必死に生きている。自分との違いなど、何もない」
こういった実感が分かるからこそ、殺したいひともいるのではなかろうか?。
というより、「そういう感覚する人間だからこそ、殺したい」
そういうひとたちがいてもぜんぜんおかしくない。
そもそも、
世の殺人などというもののほとんどは、そのようなものではないだろうか?
彼には、そういう世間での実感(感覚)はないのだろうか?
逆にいうと、
実感できたからこそ、戦争が起こることだってあるということだ。
つまり、実際に見て、そういう実感や感覚から、逆に賛成が起きても何の不思議もないはず。
経験とか感覚とか言っているが
なんか単に、ピースボートにカンゲキして、感覚が曇っているだけではないのか?

なぜ、その自分の感覚を、恬として疑わないのだろうか?
その傲慢さが…サヨクなのである

この森監督はともかく。
最も危惧しなければならないのは、このような一見平和主義(いわゆる「サヨク」)が、
巧妙に自分の社会での成功(あるいは善良な市民と見られたいだけの)という動機を隠し、
そういうものに同調することによって、その場の雰囲気だけで、自己利益をあげよう(その場の雰囲気だけを狡賢く読み、自分が善良な市民であると思わせよう)としているだけで、
結局、大政翼賛ふうにアドホックな、その場しのぎの損か得かを、もっとも追求しているやからであることを確認しておく必要があると思う。
戦前は、こういう一見平和主義、国際主義者こそが
大正時代には、あまやかに平和や軍縮を説き、
いざおっぱじまったら、これまたキレイに同調!
大東亜共栄圏!八紘一宇!
憎してやまん鬼畜米英!
わが生命線は満蒙にあり!
ほしがりません勝つまでは!
「止むに止まれぬ祖国防衛権行使」
「道義日本の確立──破壊活動の真の目的」……
勇ましく晴れやかににゅるにゅるとキレイゴトをおし並べて、
大敗戦に終わると、「あれは全部、天皇主義者、軍国主義者に言わされていたんだ」とシラを切る。
「進駐軍様、わしゃぁ、ただ、いわれるままにしておっただけです、この人も、そうあの人も、ただの人殺しです。おねげえします、どうかあの軍人を逮捕して、すぐ死刑にして下さい」
平和だ、なんだのって、その場に合わせて、自分が世間に批判されないように、
ただ小心に生きているだけのくせして、
そんなヤツは、ワシみたいにも少し謙虚に生きなきゃ~(笑ゲラゲラ)

すさまじきものにして見る人もなきブログ! : アスコロ






それにしても、ブログとか読んでいても、
自分でも意味の分からない
そういうあまやかなヌルヌルした言葉をぺたぺた継ぎ足して、
しあわせだの、やさしさだの、かなしさだの、悩みだの……
と恥ずかしげもなく書いてる……やろうのなんと多いことか?

気持ち悪すぎ
そいつの悪さだけが
透けて見えて、吐き気がするのが分からないのだろうか?
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by qsso | 2005-05-25 06:13 | つれづれ | Comments(12)
Commented by hajime_kuri at 2005-05-26 17:48
禿同。
賞賛を期待して行われる行動は、いかに良いことであろうと「卑しさ」を感じてしまいます。
さらに、始末に終えないのは、その「賞賛を期待して」いる自分の内面に気づいて無い連中。
逆に、賞賛されても、「俺は自分が好きでやってるだけだから」と言える大人は、連中には少ないようにも感じます。
Commented by qsso at 2005-05-27 04:31
オレはなにより
クリさんの
髪の毛が心配!
Commented by hajime_kuri at 2005-05-27 12:34
↑上手い、
というより、心配するレベルは過ぎました。涙。
もう、プーチン大統領と同じぐらいだからなあ。
Commented by 和田 at 2010-09-28 11:03 x
サヨクとは=馬鹿
http://blog.goo.ne.jp/oomori-mesi
Commented by さと at 2011-07-11 20:15 x
う~ん・・
では社会的に報われてない人がそうした発言をするなら
ブログ主は納得するのでしょうか。
マスコミを使って発言できる人=それなりの著名人になってしまうことはいたしかたないと思いますけど。
それに森達也の場合、彼は「そえゆえ人は人を殺すことがある」といった旨のことをちゃんと述べてますよ。

社会的に成功した人が皆、成功してない者を下に見た発言ばかりしてたら社会はすさむでしょう。
実際、例えばノルウェー刑務所は、森達也っぽい考え方の人が刑務所改革をして以前より一応の成功をしています。
Commented by にゃん at 2011-08-21 06:23 x
↑ここにコメするヤツってバカばっかなの
感情的反発(脊反)か論理破綻しかない
理屈ってもんがわかんねえのに
えらそうになんか語りたい
そうやって権威みたいなものに救われたい
それだけじゃねえか
Commented by にゃん at 2011-08-21 06:35 x
たとえばこれ
「それに森達也の場合、彼は「そえゆえ人は人を殺すことがある」といった旨のことをちゃんと述べてますよ。」
オメーバカか?
だったら、森の論理破綻じゃねえか
理屈ってもんがわかんのか?池沼か?
彼の目指す反戦・世界平和の論理がそういった同感や相互性の原理みたいなもんにあるのか
どうかが問題なんだろう

要するに
「誰もが笑い、泣き、親を敬い、子を愛し、初恋に胸を焦がし、同じ失敗をくり返し、でも必死に生きていることを。自分との違いなど、何もないことを…」
というような彼の同情(同感)の論理みたいなもんが、その平和主義の基盤にならないことを森が認めてるんなら…
森の「誰もが笑い、泣き、親を敬い……」のくだりは、彼の反戦・平和主義とは無関係のただのべんちゃら、お飾り的駄弁なんだよ
理屈っていうもんは、そういうもん。
Commented by にゃん at 2011-08-21 06:44 x
「社会的に成功した人が皆、成功してない者を下に見た
発言ばかりしてたら社会はすさむでしょう。」
荒んでるか?
Commented by にゃん at 2011-08-21 06:46 x
「では社会的に報われてない人がそうした発言をするなら
ブログ主は納得するのでしょうか。」
ブログ主が納得するかなんて問題じゃねえんだよ
分かるか?
Commented by にゃん at 2011-08-21 06:51 x
「実際、例えばノルウェー刑務所は、森達也っぽい考え方の人が刑務所改革をして
以前より一応の成功をしています。」
ノルウェーの刑務所が荒もうが、天国になろうが
オメーには一切カンケーねえんだよ
入ってから言えよ(笑)
Commented by にゃん at 2011-08-21 06:55 x
社会的に報われている者>社会的成功者
Commented by にゃん at 2011-08-21 07:08 x
要するにハンセンヘイワも感応力(同情)だけではダメっていう
ガキでも分かるあたりまえのこと
それを認めてしまえば
森的修辞のすべてはハンセンヘイワを看板にした単なる駄弁・蛇足
まあこの手の思想は、「ほとんど」そうだろう
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